光より速く動け。
アインシュタインの相対性理論によれば、光より速いものはないのだが、
ひらめきとか、思いつきとかは、なんとなく光より速い気がする。
確かに量子コンピューターに利用されるような情報の伝達は、
理屈じゃなく、光より速いらしい。
その頃の僕は毎日のように、大学の実験室で鉄化合物と対話していた。
それをものすごい低温にしてみたり、ものすごい圧力をかけてみたり、
ものすごい磁場をかけてみたりして、X線を当てて構造の変化を見ていた。
きちんと正しく接していれば、どんなにひどい環境にしても、
鉄化合物は、いつも誠実に応えてくれた。
それは、X線を介してのコミュニケーションだった。
実験は、壁の向こうにある鉄化合物を調節してから、
壁のこちらに戻ってきて、X線を照射するスイッチを入れることを繰り返す。
X線は俗に放射線と呼ばれる危険なものだ。
特に実験に使用していたX線は鉄化合物と僕の間を鉛の壁で遮っていなければ、
直接人体に当たるとショックで即死すると言われるほど高出力の代物だった。
故に実験は一人で行わなければならない。
壁のこちら側にあるX線を放射するスイッチを、O N・O F Fする人が
一人だけであれば、誰かが壁のあちら側にいることはありえない。
・・・はずだった。
正しく実験を行うためのX線装置のテストをしていた時。
鉄化合物と、スイッチの往復が面倒だった僕は、
あろうことか、後輩にX線のO N・O F Fをお願いしてしまった。
壁の向こう側で僕が作業をしていた時、
「・・・カシャ」
確かにX線を照射するシャッターが開いた音を聞いた。
聞くや否や、僕は光の速さで鉛の壁のこちら側へ移動した。
X線は、光だ。文字通り、光の速さで移動していなければ即死しているはず。
その時、僕は光速を超えた。
理屈じゃなく。
いま思うと、それからだった。
どんなに過酷な環境でも正直に答えてくれる鉄化合物との対話ではなく、
人との対話に強い興味を抱いたのは。
後輩にはいつも親切にしていたはずなのに、なぜ。
人間同士のコミュニケーションは、理屈抜きだ。理屈じゃない。
そして、僕は当時コミュニケーションエクセレンスを名乗る会社に就職した。
次のリレーコラムのバトンは、会社の後輩の河野 正人さんに渡します。
河野さんにとって、僕がいい仕事仲間であったらいいのですが。
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