リレーコラムについて

東日本大震災 幻のスタンド・バイ・ミー

熊谷卓彦

あの日あの時あの場所であの歌に出会えていたのなら。

東日本大震災からおよそ一年後、福島県の南相馬市を訪れました。
地元の復興祭に組み込まれた大道芸フェスティバルのお手伝いとして。

目前の津波をカメラに収めながら辛くも生還された、
地元で新聞記者をしている大学の先輩にようやく会うことも目的にして。

まだまだ、まだまだ、日本は涙で溢れていました。

大道芸は、富山が誇る大道芸人、作芸人磨心(サウンドマシーン)さんがバスで率いました。
作芸人磨心さんは、プロデューサーにして、ミュージシャン。
ドラムを背負い、おでこにもドラムマシーンを貼り付けて
時にポカポカ自分を殴りながらギターを抱えて歌います。

大道芸には、ステージがありません。
観客はパフォーマーを見上げることはなく、時に下にみてもいい。
前売りのチケットもありません。
無理に楽しもうとせず、自由な気持ちでみればいい。

そんな大道芸の音楽は、レコードともライブハウスとも違う心の打ち方をします。
特に作芸人磨心さんの、中年を超えたおじさんの一生懸命な歌声は
心のほつれた部分に、やさぐれた部分にぎゅっと入ってきて
たくさんの人を泣き笑いさせてくれます。

十八番はスタンド・バイ・ミー、そばにいて。
震災で多くを失った人の心を、
相当な力で励ますことができるはず。

しかし、自然はこの日も残酷でした。
当日は、雨。
アンプを使った大道芸は中止せざるを得ず、
作芸人磨心さんの歌声を届けることはできませんでした。

街の復興は、ひとりひとりの力の積み重ねでなされていきます。
あの時、街の人に前を向く力を届けられていたら
街の未来をより明るくしたかもしれない。
その機会が失われてしまったことで切実に感じた
音楽の、大道芸の力と、
その時その場所でのみ輝く一回性の重みでした。

そんな演奏が、今も世界中のどこかでなされているはずです。
目の前の観客のために死力を尽くすパフォーマーの手によって。

しかしながら、作芸人磨心さんこと野尻博さんは、2019年に亡くなられました。
二度と、あの感動は体験できません。
出会うことができた幸運な人の心に残るのみです。

今、目の前の人の心を動かすことに死力を尽くすあたり、
大道芸人とコピーライターは通じるところがあるかもしれません。

このところ、各地の大道芸フェスティバルが復活しています。
よろしければこの機会にどうぞ。
どなたか一人を紹介させていただくとすれば
昨日のコラムにも寄せて
大道芸界のパティ・スミスと私淑する、加納真実さんを。

今日も死力を尽くされているお一人です。

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