リレーコラムについて

白い家 わたしの家 グーグルアースに写ってる

木村亜希

今年、家を売りました。家売るオンナ・・・は不動産屋のドラマですが。
※2016年日本テレビ系列 北川景子主演

わたしの実家は、2010年に母がなくなってから空き家になっていました。
とある関東の県の、緑豊かな駅のない町にある築38年一戸建て。
バス停まで徒歩15分、バスは90分に1本程度、電車の駅までは7㎞ほどです。

10年間、時々掃除に来たり、夫と子どもを連れて泊まりに来たりして
「ここは別荘なのである」
という定義をしようと試みたのですが、
・現地での足がない(ペーパードライバーです)
・近隣に飲食店もスーパーもない(そしてコンビニも今年なくなりました)
・住んでいないとゴミが捨てられないので全部持って帰ることになる
・レンタル布団の返却が大変
・子どもも東京での用事が多くなってきた
・・・などのこともあり、泊まりにいくことはほぼなくなってきた頃、
新型コロナウイルスの蔓延が。
2020年~2021年は、東京から県境をまたいでの移動はちょっと
はばかられる感じになりました。
※早くも喉元過ぎれば・・・になりつつありますが
誰も住んでない家のメンテナンスは不要不急of不要不急ということで
地元の便利屋さんのベンリーさんに鍵をお預けし、時々換気と掃除と見回りを
お願いしていましたが、じつにまる2年半、帰らないままでした。

2022年、少しコロナも落ち着いてきたなあというタイミングで、
ベンリーさんから雨漏りしてます! という連絡が。
写真を見ると、素人目にもひどい状態(ある不動産屋さんは
「わたしが見たことあるうちで2番目にひどいです~」
というお墨付きをくれました;笑)。リビングの天井が、
まんが日本昔話に出てくるあばら屋みたいになってます。

コロナ前にも経年劣化を防ぐための外壁塗装の見積もりをもらったことがあり、
雨漏りの修繕(これで修理完璧と言えないのが雨漏りの修理で、非常に厄介)含め
家全体を直すとなると、うん100万クラスの費用になることが容易に想像されました。
フルリフォームとなれば、「ゼロから建てるよりは安い(場合もある)けど
1000万円を超えてくる」金額感です。
宝くじでも当たっていたらそれでもいいかもしれないけど、
ふだん住んでいる東京の家にも家賃があるわけで。年に一度、
泊まらないかもしれない「別荘」に、その金額は出せません。

地元の空き家を図書館にしたりして活用している会社の後輩もいます。
「忍者屋敷に改装してエアビーにして貸す」とか
「リモートワーク用の家にして貸す」とかも一瞬夢みましたが、
まわりが田舎すぎて需要がなさそうです。ゲストハウスの場合、
自分が近くに住んでいないとするとメンテする人も雇わなければなりません。
まあ、なにごともやってやれないことはないと思いますが、そこまでできる
甲斐性とキャパシティがわたしになかったということです。

では、売るか。

「わたしの家」が人手に渡るくらいなら、すっきり更地にして
土地だけ売ったほうがよいのではないかとも一時思っていました。

解体業者の方から見積もりを取ってみます(TCC会員の
沢辺香さんが「失敗しない解体工事完全ガイド」の制作を担当されている
クラッソーネさんにもお世話になりました)。
軽量鉄骨の家一軒の解体費250万~350万(どれも概算見積もりなので幅アリ)。
法律が厳しくなって、壊した家の木材の廃棄にもお金がかかったり、
塗料にダイオキシンが含まれていると増額になったりもしますが
「やってみないとわからない」部分も多いそうです。地中から予期しない
瓦礫や井戸が出る場合もあり、そういう場合の増額分も家主負担です。
土地を売る場合、あらためて隣地境界の設置や、測量もしないと売れません。

土地の値段も不動産会社さんに見積もりをもらっていましたが、
解体費以上で売れないことは早々にわかってきた上に、
そもそもこの地域を更地で買う、という不動産屋さんが1つも見つけられませんでした。
駅近のエリアなら買うが、その地域はダメ、と断られたり。
わたしの実家の前の道は、数軒先で行き止まりなのですが、
そこが価値を下げているというのです。
いや、そここそが価値でしょ。住人以外が入ってこないから
治安も良いし、家の前の道路でローラースケートやったり
一輪車乗ったりしてても車入ってこないから安全だし。
おかげでわたしは「道は庭」って環境で育ちましたよ。

買い取りしてくれなくても委託はできるでしょうが、
自分で土地を所有したまま値下げを繰り返しながら
買主が現れるまで販売し続ける、という未来が見えます。
東京の駐車場代にも満たないような金額の固定資産税でしたが、更地になると6倍。
市も管理が大変になるだけの土地の「寄贈」を受け入れてくれないとのこと
(区会の集会所にしてくれないかな、とはちょっと思いましたが、
それにしてもリフォーム費は必要です)。

空き家ゲートウェイさんというサイトでは、 “100均” (100万円か100円か)で
家を売っています。現在の所有者に余裕がなく、解体もできないし、
かといって売れもしないし、メンテナンスもできないで「詰んだ」状態になっている家が
県内近隣エリアにはたくさんありました。
そういう家は今後どうなるのか? というと、相続する人が誰も
いないところまでいって法的には終わるのかもしれません。
しかしその間に火事になったり不審者が立ち入ったりしたら(持ち主にとっても)
とんでもないことでございますし、コミュニティが空き家だらけになるのは
近所に住んでる人にもデメリットしかありません。

不本意ながら「家付きで売る」ための見積もりをいくつかの不動産屋さんに
お願いしました。こちらも仕事を調整しないと帰省できないので
なかなか「業者さんと都合が合わない」ケースも多かったのですが、
「(転売ではなく)自分が買います」「すぐ見に行けます」という人を
紹介できるよ、という話が舞い込みました。

雨漏り部屋を見たらドン引きするのではないかと聞くと、
建築関係のお仕事をなさっていて、DIYで中古住宅を
リフォームすることもできちゃう方だから、そういう物件も「慣れてる」と。

果たして、リハウス(リハウスさんじゃなかったですが)してくださる候補の
Aさんが家にいらっしゃいました。家ん中は掃除してもどうも
ホコリっぽいのでダイソーでスリッパを買ってお迎えします。

Aさんは(雨漏り部屋に臆さなかったのみならず)
「いい家ですね」と言ってくれました。
他の不動産屋さんがマイナスだマイナスだと言っていた、
家の前で行き止まり道路についても「静かでいいですよ」と言ったら
納得してくれました(家の前は森で、年中ウグイスが鳴きます)。
後から電話で、仲介してくださった不動産屋さんから
「気に入ったから買いたいとおっしゃっている」と。

売ろう。

いやいや、もっと高く買ってくれる人もいるのでは?
何人か探して、条件を比べたほうが・・・と冷静なアドバイスを誰かに
求めたら言われそうだと思いましたが、そうしたらAさんは
他の物件を買ってしまうかもしれません。

子どもの頃から30代まで住んでいた「わたしの家」を、
「10年前だったらもっと高く売れましたよ~」でもなく
「もっと町の中心部にあったら違ったんですが・・・」でもなく
「いい家だ」とか、「気に入った」とか言ってくれる人は
もしかするとこの先もうあらわれないかもしれません。

そうと決まれば、家を空っぽにしないといけません。
残置物処理すら「しない」という選択肢もあったのですが
(それでもOKというお話でした)、それはわたし自身が無理でした。

「わたしの家」は、ほぼ住んでたときのまま
家財道具から服から書類から残したままでした。
これを1ヶ月弱で片づけきる。「絶対不可能だ」と思いましたが、
期限を切らないと片づけられないであろうことはこの10年が証明済みです。

5月に免許証・保険証・キャッシュカードクレジットカードの束を紛失する
事件も起こしてますし(2つ前のコラム参照)、40代前半でこのボケ具合では、
50、60、70代になった時、一軒家規模の遠距離「負動産」を持っているのは
無理なんじゃないか? とも思いました。

マンガ「東京タラレバ娘シーズン2」6巻に、
40代の女性の部屋に学習デスクがそのままあり、引き出しには
「魔神英雄伝ワタル(のシール)もあるよ」
「子供部屋おばさんなめんなよ」
というシーンがあるのですが、わたしは就職して上京して結婚はしたものの、
「実家にはこども部屋あるよおばさん」でした。
しかも成人してからはフロに入って寝るだけ~
※©ユニコーン「働く男」
の時期が長かったので、壁に貼ってあるアニメ、サッカー、
アイドル(DA PUMP)、映画のポスター類も
時間は1990年代後半で止まっています。ところでなんで
子どもには子ども部屋があるのに、大人にはないんでしょうね!
リモートワークになってほんとそう思います(食卓も寝室も仕事場です)。

仕事で作った制作物、ポスター、新聞ゲラ、掲載誌、あれやこれや、どう考えても
いつか回顧展をやるようなコピーライターではないので全部捨てます。
大砲のようなポスター筒よさようなら。会社がフリーアドレスになったので、
そもそも東京の家も掲載誌やゲラやノベルティーや本があふれているのです。

ノート、メモ、教科書、手紙、1学年あたり段ボール1箱くらいの量の紙モノがあり、
「きっと物心つく前のものは親が処分してくれたんだろう」
と思っていたら、今回の整理で未就学児時代のものもキッチリ出てきました(3箱)。
幼児(わたし)が落書きしてるチラシの、チラシそのものにも「昭和末期の地方の
スーパーのチラシの有りようを見る」みたいな民俗学的価値が発生しており、
面白くて一部は捨てられませんでした。

服、靴、カバン、カセット、VHS、β、家具、家電、
もらったお土産、食器、布、おもちゃ、本、本、本、本、雑誌。
昔着てた服、課題、工作、絵、写真、自分の抜け殻たち。
「実家」を出た経験のある多くの人は、こういう荷物をどこかでちゃんと
処分してるんだなと思うと尊敬しかなく、
処分してない人や、過去の自分には声を大にして言いたい
「どっかのタイミングでやっとけ!!!」
※10年前、20年前にそれを言われたからって、できなかったとは思いますが

体育館のようなところに全部のものを持って行ってならべて、
「これ要りますか、要りませんか、写真撮って捨てますか」
というのを一覧にして聞いてくれるサービスがあればと思いました
(誰かやりませんか)。
「それって!?実際どうなの課」という番組のメルカリ・ヤフオクで
緑川さんが実家のものを売りまくるコーナーのようなことを、
依頼主からお金をとってやるイメージです。

父のもの、母のもの、(ちょっとだけ)祖父のもの、自分のもの、家まるごと。
スモールライト的な技術で小さく圧縮できるならそのまま持っていたい。
使わないし、要るかと言われたら要らないけど、捨てたくはない。
自分じゃない人が引導渡して捨てて欲しい(しかし自分しかいない)。

しかし、仕事を休んで実家に滞在できる日は限られており
とにかく時間がありません。

写真を撮って捨てる。「古着deワクチン」に寄付する。ブックオフに売る。
箱につめてサマリーポケットに送る。
※家電も7年超えると買い取り対象外で、基本的にはほぼ売れるものはありません

最後は回収業者さんに
「この部屋とこの部屋のものはぜ~んぶ持って行ってください」
というお願いができる状態にしていきます。
コロナ前から整理を手伝ってもらうたびにベンリーさんに言われていたことですが、
「自分のとっておきたいものだけ先にとっておいてもらって、
あとは家主がいない時に『全部持っていって』する」
というのが一番うまくいくそうです。回収のプロの方々は
「これどうするんだろう(というか、当時どうやって家に入れたんだろう?)」
というごついサイズの家具もさっくり搬出してくれ、その速いこと風の如く。
来てくれてるのにまだ要る要らないをより分けしてる、というのはけっこう迷惑です
(そのつもりはなかったのですが、間に合わなくてお待たせしました)。

興味深かったエピソードとしては、
コロナで仕事は逆に増えており、実家に帰れない依頼人から
鍵を先に送ってもらい、リモートで映像つないで
「この部屋のこれ処分していいですか~」
みたいなやりとりをして、本人は一度も帰らずに家を片付ける、
なんていう現場もあるのだとか(他人事みたいに書いてますが
関東圏じゃなければわたしだってそうした可能性があります)。

最後は、「(これを残すんだったら)あれは残しておけばよかった!」とか
「これは捨ててよかったでしょ!」とかの後悔ミスジャッジも何割かありつつ
(とはいえ広い意味では全部捨てて正解)なんとかやりきり、
いくつかの掃除用具、工具、家電、消耗品(電球とかティッシュとか)を
Aさんに許可をとって置いていくことにし、「家空っぽ」に成功しました。

そして「わたしの家」は、わたしの家ではなくなったのです。

今年も台風が多い年でした。雹(ひょう)が降ることもあります。
屋根飛んでないかなとか庭木が伸びてないかなとか
東京から憂うこともなくなりました。

中国だったら土地を「所有」することはできません。
過去30年以上にわたり、そこが「わたしの家」だったことは変わらないし、
時間と空間をかけあわせたある座標上にはいつだってあの白い家があるのです。

家を売った直後、グーグルアースで実家とそのまわりを見てみました。
撮影時期は7年ほど前で、ストリートビューでうろうろしてみたら、うちの犬と
よく遊んでくれた、満州出身でもう故人となった近所のTのおじちゃんが、
T家のガレージでバイクをいじっているのが奇跡的に写っていて
ちょっと泣きました。

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週の途中で気づいたのですが、私の書いてるものは
コラム(定義としては「短い記事・評論」)ではなく
自分を取材対象にしたルポというかエッセイでした。すみません。
しかも半分くらい「注意欠陥障害気味な大人の苦悩」がテーマ(言ってるそばから、
ワードプレスの操作ミスで消去ボタンを二度押してしまい、一昨日の投稿を
一度書いてから消してしまいました。後で気づいて上げなおしましたが、
コラム番号5375番を永久欠番にしてしまった犯人はわたしです・・・)。

こんな長い記事を万が一読んでくださった方、ありがとうございます
というか、すみません。
実家の片づけ(と、貴重品逸失)については知見がたまっていますので
もし何かあればご相談ください。

バトンは、TCCのこども広告教室プロジェクトで
ご一緒させていただいている、子どもたちにもすぐ懐かれる好青年、
けど若い頃はやんちゃだった感がだだもれている素敵なコピーライター
丸原孝紀さんにお渡しします。

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