リレーコラムについて

あの人を思い出す9月3日。

門田陽

大学4年生の夏、僕が本命の博報堂の試験に落っこちてしょげていたら、「それならウチに来ればいい」と誘ってくれたのが元TCC会員の大曲康之さんです。大曲さんは僕がそのとき通っていた地元のコピーライター養成講座の講師でした。おかげさまで僕は西鉄エージェンシーに入社したのですが、大曲さんがいなかったら入らなかったし入れなかったと思います。

 

その頃の西鉄エージェンシーのクリエーティブ部は、よく言えば放任主義という名の野放し状態で誰も何も教えてくれないので、わからないことはこちらから聞かなければいけません。給料日がいつかも(当時はまだ手渡しでした)知りませんでした。仕事が始まりコピーを書くたびに大曲さんに見せに行きました。「よくない」「なにこれ」「・・・・」とダメ出しの連続。「どこがダメですか」と食い下がると「お前のコピーは世の中を1ミリも動かさない。ただ目立とうとするだけじゃ他人の心は揺さぶれないだろ」と言われました。それからもずっと大曲さんからはダメ出しばかりでした。

 

入社2年目が終わるころ、大曲さんから急に「俺、エージェンシーやめて博報堂に行くから」と言われました。「エッーーー」と驚く僕に「ま、そういうことだから」とどういうことなのかわからないまま大曲さんは僕が入りたかった博報堂に行ってしまいました。大曲さんが書くコピーは本人は「ウソつきハートフル」と言っていましたが人柄が見えてしまうものばかりで読むと気持ちがいいのです。TCC新人賞後の活躍は年鑑等で知られていますが、それ以前に書かれた西鉄のコピーも僕は好きです。

〇悲しいことを、いっぱい知ってる人がいいな。(西鉄)

〇好きとかきらいとか、カラダのどこが決めてんのかなあ。(西鉄)

〇うれしい時に泣く人は、かなしい時に笑うのかな。(西鉄)

〇どんな「れんしゅう」をしたら、いい顔で笑えるのかな。(西鉄)

〇笑顔は「へるもんじゃない」よ。(西鉄)

〇西日本手伝う株式会社。(西鉄)

〇歩きたかったので、バスに乗りました。(西鉄)

〇人生観が変わんないぐらいの旅がいいな。(西鉄)

〇せんせい。にんげんはなんのためにいきてるんですか。

まあまあ。とにかく海へ行こ。山へ行こ。(西鉄・TCC新人賞)

〇見ず知らずの人は、お祝いをくれない。(西鉄ギフト券)

〇このご恩は、一応忘れません。(西鉄ギフト券)

 

大曲さんから僕への知らせはいつも急です。去年の春、「もうコピーやってないし写真ばっか撮ってるからTCCやめるよ」という電話をいただきました。「エッーーー、あと1年でサーティースなのに」と言うと「それまでの会費で少しいいカメラを買いたいから」とほんとにやめちゃいました。数年前から大曲さんはまるでカメラマンのように写真を撮っています。個展も2回開かれました。もちろんどちらも見にいきました。技術的なことはわからないけど、大曲さんの撮る写真はどれも大曲さんが書くコピーとよく似ていて妙に温度と湿度を感じます。そして一見温かそうなんだけど実は冷たい目線というか鋭い切り口。フシギな大曲さんらしい写真です。もう随分お会いしていないのでそろそろ3度目の写真展を開いてほしいです。

 

ところで、写真もいいけどあともう1回だけ新しいコピーを書いてくれないかなぁ、と思う大曲さんは今日9月3日がお誕生日です。67歳おめでとうございます!

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