ある有名な女性との関係を告白します
これは実話である。
はじめて彼女の存在を意識したのは、
僕が三十歳になって間もない頃だった。
彼女は、実家の母親でも知っているくらい有名な女性。でも、当時の僕にとっては、ただ名前を知っているだけの存在だった。
そんな彼女との接点が生まれたのは、当時僕がいた会社で任された仕事だった。その仕事内容をざっくり言うと、彼女の魅力を世の中に広めることだ。僕は、会社の先輩から「これ読んどいて」と、彼女に関する本や書類など大量の資料をどさっと渡された。
その資料の中にあったグラビアの写真集を手に取る。ページを開くと、まばゆい光に照らされた彼女の瑞々しい表情が飛び込んできた。写真に添えられた文章は、彼女を賞賛する言葉であふれていた。
資料に目を通している僕はどこか冷めていた。彼女がいる場所は自分の人生とはあまりにもかけ離れた遠い世界。彼女がどれだけ美しくどれだけ世の中から愛されていても、仕事以外で僕には関係ないのだ。
最初はそんな感じだった。
それから数ヶ月ほどが経ち、彼女と実際に会うことになる。僕は関係者数人とともに新幹線に乗り込んだ。
電車を乗り継いで到着した駅には、彼女の姿が大きく写ったB1サイズのポスターが貼ってあった。なんだろう、この透明感のある不思議な魅力は・・・。僕はしばらくの間、目を奪われてしまった。その時すでに自分の心に変化が生じ始めていた。
建物の前は厳重に警備されていた。気軽に会うことが許される存在ではない。そして、ついに対面の時が来た。凛とした佇まい。清らかな香り。そして、こちらを包み込むようなオーラ。僕は圧倒された。いま、間違いなく彼女と同じ空気を吸っている。この感じ、あのグラビア写真集にのってた解像度の高い写真であっても決してわからない。事前にいろいろと情報を得てはいたが、実際に目の前にいるからこそ感じる何かが確実にある。彼女が多くの人たちから愛されている理由が何となくつかめた気がした。
その日、彼女との時間はごくわずかしか許されなかったが、帰り道でもその余韻はずっと続いていた。東京へと戻る新幹線の座席で、僕は彼女のことをもっと深く知りたいと思った。同時にこの仕事に自分の出せる力のすべてを注ごうと思った。その時、僕の手には彼女の名前が記されたグッズが握られていた。興味がなかったはずなのに、一度会っただけで、こうも変わるものなのか。まったく単純な男である。
そうして、僕はその仕事に対してどんどん前のめりになっていった。
さまざまな本を読み漁り、彼女の周辺や過去について学んだ。知れば知るほどに、彼女が希有な存在であることがわかってきた。彼女は日本のみならず海外にもファンがいるようだ。テレビ番組や雑誌などで彼女が登場するたび、手が止まり思わず見とれてしまうのは、きっと僕だけじゃないはずだ。
それから約八年もの間、彼女との仕事はつづいた。その八年間で、僕は彼女のことをたくさん知ることができたし、仕事を通じて何度も彼女と会う機会があった。
実は、仕事だけじゃなかった。プライベートでも泊まりがけで何度か会いに行った。もちろん仕事の関係者には何も言わずに。どんな時であっても彼女は僕を受け入れてくれた。そのうちの一回は、彼女の二十歳の誕生日を祝うためだった。
彼女と会うたび、僕は日常で毒された心が洗われるような気がした。陽だまりのような温もりと優しさで包まれるその時間がこの上なく心地よかった。
えっ、その女性はいったい誰なのかって?
彼女の名は、
天照大御神(=伊勢神宮)。
天照大御神(あまてらすおおみかみ)は、日本神話にも登場する太陽の女神さま。伊勢神宮の内宮で奉られている。あなたも、その名前を一度くらいは聞いたことがあるはずだ。
誤解を恐れずに言えば、伊勢神宮=女神さまである。
僕は、約八年に渡って、JR東海の伊勢志摩キャンペーンにコピーライターとして携わった。自分の主な仕事は、伊勢神宮へといざなう観光ポスターのコピーを考えることだった。
自分にとって、その仕事との出会いは、女神さまとの出会いだった。
心から打ち込める仕事に出会えない自分に失望していた日々。そんな鬱屈とした溜息色の日常に射し込んだ一筋の光。それは、本当に光の神さまだった。ふらっと僕の元に現れた太陽の女神さまは、興味なさそうな顔をしている自分をやわらかく受け入れてくれた。文中で「会う」という表現を何度も使ったけれど、本当は「存在を感じる」という表現の方がふさわしい。
天照大御神さま。
「彼女」なんて代名詞で表現した非礼をお許しください。
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