リレーコラムについて

はじまらなかったサプライズ

姉川伊織

暗闇のなか、黙ってこちらを見つめるいくつかの目。

静まり返ったその部屋には、

JUDY AND MARYの陽気な曲が流れていた。

 

はじまりは、「TCC新人賞をとったお祝いをしよう」という

師匠栗田さんからのありがたいお誘いだった。

 

当日、店がわかりにくいからと、六本木の駅に集合した。

西麻布方面にむかいながら、

「俺も新人賞とったお祝いに師匠に連れてってもらった

隠れ家的なお店なんだけど、ちょっとわかりにくくてさ」とやや説明臭い栗田さん。

 

なるほど、噂に聞く会員制のお店みたいなやつか?

でも、ふたりで隠れ家的な店に行っても、正直なところちょっと気まずい。

照明が暗いカウンター席とかで栗田さんとふたり、いったい何を話すのか。

プレッシャーで道中からすでにトークは弾んでいなかったと思う。

 

その後のトークプランを練っているうちに、

栗田さんは普通の民家の前で立ち止まった。

 

「ここなんだよね」

 

栗田さんの視線の先、民家の外階段の上には、

やっぱり普通に民家の扉。

窓から見る限り、やはり店内の照明は暗そうだ。

暗いというか、もう全然ついていないようにも見える。

さすがに隠れ家といっても隠れすぎだよ・・・

 

民家に擬態しすぎてこれはもうJUST民家。

西麻布では一周回ってただの民家を隠れ家と呼び始めたのか。

東京は怖い。佐賀から出てきた僕は都会の価値観がわからず、

ドキドキしながら階段をあがった。

 

扉の前につくと、栗田さんはまごつきながら、

「姉川・・・先にどうぞ」とつぶやく。

明らかに様子がおかしい栗田さん。

もしかして、ちょっとそういう系の・・・大人のお店なのか??

だとしたら、栗田さんのこの慣れなさにもすべて辻褄があう。

どちらにせよここまできてしまった手前引き返せない。

 

何が待ち受けていても動揺しないように、

警戒しながら店の扉をゆっくりあけた。

 

そこにあったのは民家の玄関によくある一般的な靴脱ぎ場と、

灯りひとつない真っ暗な四角い部屋だった。

 

靴・・・脱ぐタイプの庶民的なお店?

その前に誰の声もしない。店員さんがくる気配もない。

そもそも前が見えない。まだ準備中か?

何が起こっているかわからない自分の隣に、

後から入ってきた栗田さんがそっと立ち、扉を閉める。

 

何かが起こるのを待つが、

立ち尽くしたまま世界は何も進展しない。

公共の電波なら明らかな放送事故レベルの長い沈黙。

さすがに少しだけ目も慣れてくる。

あれ?なんか人いるな・・・

 

部屋には玄関を囲むように数人のシルエットが見えた。

店員さんと、お客さんか?だとしたら、

この暗闇で声も出さずに一体何を?

さすがに大人のお店すぎる。

なんてやばい店につれてきてくれたんだ。

助けを求めるように隣の栗田さんを見るが、

なぜかうつむいている。

 

それからまた数十秒。あまりの時間経過に、

もはやしっかりと目も見えてきた。

部屋を囲む人影のほうに目をこらすと、

ようやくそれが会社の同僚たちのものだと気づく。

 

あー、はいはいはい。なるほどね!

サプライズですね!理解しました。

ここはエアビーかなにかで、お祝いのために

みなさん集まってくれたわけですね!かしこまりです!

自分やれます。ここからでも祝われ役、がんばれます!

僕は遅ればせながら、驚き、そして喜ぶ準備をした。

 

しかし待てども待てども、一向に事が進まない。

ここまですでに1分くらい。

聞こえるはずのクラッカーの炸裂音も、

「おめでとー!!!!」の掛け声も、

急に照明が明るくなってみんなとご対面!なんて気配もない。

 

暗闇のなかには、ただニコニコしながら

こちらをみつめている先輩や後輩たち。

僕の隣では、「あれ、ご発声はそっちじゃないの?」という顔で、

彼らに目で訴えかけている栗田さん。

明らかな打ち合わせ不足だった。

 

サプライズする準備も、される準備も整っているのに、

開始の合図を全員が待ち、睨み合いはつづく。

 

静かな夜の西麻布の一軒家には、誰かが用意した

JUDY AND MARYの陽気な曲が響いていた。

 

これは誰が責任をとるんだという空気が流れはじめたころ、

さすがに痺れを切らした栗田さんが、隣で小さくつぶやいた。

 

 

「姉川おめでとう・・・これ、おれが電気つけるでいい?」

 

 

==========

2019年 おくる福島民報でTCC新人賞をいただきました、

姉川伊織といいます。

 

恩師栗田さんの依頼はさすがに断れず、

今週のコラムを担当させていただくことになりました。

どうぞよろしくお願いします。

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