ひたち5号
先日、出張のために乗車した新幹線での出来事。
平日朝10時発いわき行きのひたち5号は、
遠くに行くというのに浮かれた感じの人はいなくて、
スーツと座席が窮屈そうなサラリーマンと、許されぬ恋の雰囲気漂うカップルでほぼ満席。
発車後すぐ、車両に一人のスーツ姿のおじいさんが現れました。
日焼けした肌に、まだ糊がきいてる感じの真新しいシャツ。
このおじいさんはきっと、
何か特別な大事な用事があってこの新幹線に乗って来られているんだなと、
一目で想像がつくお姿でした。
揺れる車内でバランスを崩しながらも、一列一列番号を確認してゆっくり進むおじいさん。
やっと座席にたどり着いたかと思うと、なぜかそこにはすでに人が座っていました。
すかさず周りの人がおじいさんのチケットを確認すると、
一本早い新幹線に乗り間違えていらっしゃることが判明。
ならばと、おじいさんは切り替えた様子で、
別の空いている席に座ろうとしたそのとき、隣の男性がなぜかそれを拒否したのです。
確かに、ここは指定席車両だけど。だけど!です・・・。
次の人が乗ってくるまでは、その席は空いているわけで・・・。
その現場を目の当たりにしていた乗客の多くが、
何か言うべきか、でも何を言うべきか、モヤモヤとした気持ちでいたところに、
ついに声が上がりました。
「そこ、空いてるじゃない!」
待ってましたと言わんばかりの、妙な一体感に包まれる車内。
でも次の瞬間、
「いーの、いーの!」
おじいさんが、困ったように笑うのです。
そして、また切り替えて、別の車両へと歩き始めるのです。
時々、車体が揺れて思わずシートの端に手をかけるおじいさんの
その爪の先は、土で黒く汚れていて。
「よっこいしょ、よっこいしょ」
その声は、おじいさんが自分を鼓舞するためのものじゃなくて、
私たちを「まあまあ」となだめながら、
一歩一歩明るさを振りまいていくための声で。
誰かの間違っているっぽいことを責めたかった
さっきまでの一体感が、浄化されるように消えて行くのでした。
結局、私たちはおじいさんのことをかわいそうだと思う正義のふりをして、
誰も、おじいさんに自分の席を譲れなかった臆病者であったわけです。
でもそんな重たい反省さえも、「まあまあ」と言ってくださるような気がして。
人生の大先輩を前に、自分の小ささがもどかしい、そんな往路なのでした。
「往路」ということは、「復路」があります!
復路はまた次回。一丁前に二部構成で更新させていただきます。