やらされ仕事
「片岡さんの仕事はねー、やらされ仕事なんですよ。」
入社2年目。営業だった頃、
クライアントさんにこう言われたことがあります。
やらされ仕事という言葉を耳にしたのは初めてだったけど、
聞いた瞬間意味がわかったし、心当たりがありすぎて硬直。
じわじわとこみ上げる恥ずかしさが食道あたりにつっかえて、
うぅ…ぐうの音も出なかったです。
この出来事以来、
言われた仕事をただただ右から左に受け流すような
ムーディな働き方を猛省し、自分なりに改革し、
同じ失敗を繰り返さないように努めてきました。
しかし、人って不思議なもので。
10年経った今、私は街で見かける
「やらされ仕事」を収集するのにハマっています。(え?)
たとえば、
テーブルの上を、本当にサッ…と撫でる程度にしか拭かないカフェ店員さん。
芸能人が死んだ目で敬礼を決めている、警察署のポスター。
ただの腕の曲げ伸ばし運動と化している、ティッシュ配り。
店先の看板に殴り書かれた、本日のおすすめ。
リモート会議で、質問にだけ答えたらすぐミュートに帰る人。
クレカの暗証番号入力の際、レジ係が儀式的に行う「見てません」ポーズ。
タクシー運転手さんの、どうせ聞いてないでしょ?スタンスの
「よろしければシートベルトの着用をお願いします」
などなど。
変なことを言っているのは重々承知ですが、
こういう光景に出くわすと、なんだか健やかな気持ちになるのです。
「やりたくないけど、まあ…やってます。」
という毅然とした態度に、勇気をもらうことすらあります。
手元のSNSを覗けば、
今日もみんなが立派な志で社会と向き合っていたり、
前向きに仕事を楽しんでいるけれど。
一歩外に出てみると、
ちゃんと仕事を面倒くさがっている人がいる。
あぁ、ほっとする。
SNSは虚像で、こっちがリアルなんだ!とか、
どちらが良いとか悪いとか言うつもりは更々ございません。
生態系が違うのだと思っています。
誰かのやる気がぶち上がっていると、
自分のやる気が失せていく、悲しき性悪・鍵アカ人間の私には、
こちらの世界のほうが息がしやすい、というだけの話。
悪趣味だという自覚は、もちろんあります。
でも、
どーーしてもやる気が出なくて苦しい日くらいは、
やる気がない自分や他人を、
面白がってもいいのかなと思ったり…(ダメか汗)
している今日この頃です。
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今週を担当します、2018年入会の片岡良子と申します。
1月から、ADKグループのCHERRYという会社に在籍しています。
それにしても、
バトンを受け取って最初のコラムのタイトルが「やらされ仕事」だなんて…
なんだか失礼な気がしてきました。
(関さん!そんな風に思っていないです!安心してください。)
一週間がんばりますので、よろしくお願い致します。