幼少期、僕が風邪をひくと、
母は決まってレンタルビデオを借りてきてくれた。
僕は一気に映画に夢中になった。
そうして吉兼少年は、海岸沿いの田舎道を
自転車で20分ほど走ったところにある
ボロいレンタルビデオ屋に毎週通うようになったのである。
潮風で錆びついたその店には、白いヒゲのオッサンがいた。
ニュー・シネマ・パラダイスでいう、
アルフレードみたいな優しいオッサン。
どの映画がオススメなの?この新作はどう?
目を輝かせて聞きまくる僕は、さながらトトだった。
アルフレードは僕に、椿三十郎からブレイドまで、
つまり、黒澤明からウィズリー・スナイプスまで
実に幅広い映画を教えてくれた。
血湧き肉躍るアクションや、想像を超えたバッドエンド、
ロマンティックな男女関係などさまざまな豊かさを教えてくれた。
ピンクのカーテンの向こう側だけは教えてくれなかったけど。
汗だくでお店に向かい、時間をかけてじっくり1本を選んだぶん、
そのビデオを観るときの集中力もすごかったように思う。
オンデマンドサービスの台頭で
家にいながら好きな時に好きな映画が観られる時代になった。
まさに、ニュー・シネマ・パラダイス。
とても便利で、うちの子どもたちが羨ましくもある。
でも、今の子どもたちは指先でサクッと借りて、
冒頭が面白くなかったら飛ばしたり別の映画をすぐに選んでしまう。
あのレンタルビデオ屋の店内に充満した、
プラスチックのビデオケースが劣化したであろうなんとも言えない臭い。
目星のビデオをケースから抜き取ったら
ゴムバンドを裏返して「貸出中」にする手間。
店員のオッサンとの終わらない会話。
そういった、今考えるとデメリットなことすべてにワクワクしていた。
かつては日本中のビデオ屋にアルフレードとトトがいたはずだ。
いや、きっと世界中にいた。
しかもビデオ屋だけじゃなく、
タバコ屋にも、定食屋にも、八百屋にもきっと存在していた。
便利さと引き換えにして、2人が出会うことが無くなったのか、
それともネット上に新たなアルフレードとトトが存在しているのか。
ネットフリックスを立ち上げるたび、そんなことを思う。
あのオッサン生きてるかなぁ。