コロナから10年後の世界 C
コロナウィルスが世界で猛威を振るっている。ワクチンは開発されたものの、ウィルスは変異を繰り返し、未だ有効な手はない。ロックダウンは解除されたが、人とモノの移動は制限された。各国は自給自足と内需拡大を目指した。経済は大きな成長を目指さず、現状維持が目標となった。世界はよく食べてよく動く若者から、少し食べて少し動く老人のようになった。成熟とはこういうことかもしれない。
日本では冬になると大都市でオーバーシュートがたびたび起こった。人口の過密が問題となり、過疎エリアへの移住が推奨された。首都機能も岐阜県に移転されている。食糧の輸入が減り、食料が不足した。農地が急速に増やされた。自家栽培も推奨された。山は開墾され、空洞化した都市も農地になった。お台場はすべて広大な農地となっている。エネルギーの自給も急務となった。太陽光発電が原子力発電の割合を超え、ほぼ火力発電と同じまでになった。畑、田んぼ、太陽光発電パネルが広がる風景が日本中で見られる。電園風景といわれている。
企業は業績の悪化もあって、所有していたビルを処分した。在宅勤務がほとんどとなった。オンライン会議が目覚しく発達した。VRゴーグルを使えば、実際に会って会議しているようである。打ち合わせ場所はオフィス、浜辺、森の中、シャンゼリゼ通りのカフェ、月の上まで、自由に設定できる。やろうと思えば最大1000人で打ち合わせができる。自宅勤務の運動不足解消でにフィットネス産業が成長した。住宅も時代に適応し、2LDKGとジム付き住宅が標準となった。「事務机からジム机へ」というキャッチコピーで後輩が数年前にTCC賞を獲っている。
学校の授業はすべてオンラインになった。テストもオンライン、体育でさえオンライン授業だ。人と接する機会が少ないため、勉強はできるが人づきあいが苦手な子どもが増えた。『道徳』のコマが大きく増えて、他人とのコミュニケーションが教えられている。
運輸は自動化され、飛行機、船舶、車、ドローンの自動運転で物資が運ばれた。飲食店はデリバリーがメインとなった。今はどの店のメニューもドローンですぐに運ばれてくる。ラーメンのスープが一滴もこぼれず運べるほどに技術が発達した。アメリカの大手チェーン『Drone Pizza』が日本に進出して人気を集めている。それは、ピザを焼いてから運ぶのではなく、ドローンで焼きながら運んでくる。焼きたてのピザが自宅に届くのだ。
人々は接触を避けながら、たくましく生きていた。しかし、出生率は激減した。妊娠中の感染を恐れたこと、社会の先が見えないことと、出会いがないために婚姻件数が減少したことが原因である。今の人口では食糧が足りないため、政府は人口の減少を食い止めようとはしない。
コロナ以後(略してAC と言われている)、人々の心にポッカリと穴が開いていた。人と触れ合えないからである。オンラインで酒を酌み交わした。オンラインで出会い、オンラインで恋し、オンラインで別れ、オンラインで実家に帰った。VRによってその経験はリアルだったが、現実ではなかった。恋人に触れたかった。孫の手を触りたかった。その空間にある感情を感じたかった。だから、たまに人に会った。酒場に行った。カフェに行った。キャバクラに行った。店内のテーブルは間隔が置かれていた。ホステスとの距離も置かれていた。しかし、感染は止まらなかった。
『濃厚接触基本法』が可決された。『濃厚接触届』と『非感染証明書』を提出しなければ人と会うことができない。日時と相手と場所を記入し、オンラインで提出する。この書類があれば、万が一感染が出た場合に、感染経路を容易に辿ることができる。提出せずに人と会った場合は罰則がある。特に都市部では警察のチェックが厳しい。
社会構造は大きく変わった。この変化は第二次情報革命とも、コロナ革命とも呼ばれている。ウィルスで人類は退化したという意見も一部にはあるが、進化だと私は思う。新しい環境に人類が適応したのだ。100年前のスペイン風邪では、人と接することなく経済活動を行うことは不可能だった。だから、経済が止まり、恐慌が起きた。今は、経済は減速したが止まってはいない。それなりに生きていくことができる。
私は今、福井県大野市に住んでいる。会社が岐阜県に移った。そこから車で1時間ほどだ。友人がたくさんいたことと、おいしい水と食糧が豊富だったことが決め手となった。相変わらずコピーライターをしている。働いて、畑仕事をする。たまに山中の渓流へ釣りに行く。悪くない生活だ。とはいえ、人でごった返していた大阪の街が時折恋しくなる。密集したフロアで聴いた音楽を。酔っ払いが路上で寝ていたあの街を。写真集を出すほどまでに大好きだった写真もやめてしまった。外出が難しくなってしまったことと、街に人がいなくていい写真が撮れなくなったことが原因だ。今は釣りが一番の趣味である。明日も朝から釣りに行くので、そろそろ寝なければいけない。しかし、長女が帰ってこない。最近、濃厚接触届をよく出してどこかへ行っている。次女は部屋に籠もって誰かと会っている。よそ行きの服を着ていたのでたぶん男と会っているのだろう。
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