リレーコラムについて

ザイベー

曽原剛

ミホとアイコがカフェで直接会って話すのは、一年半ぶりになる。

まあでも、パンデミック前だって一年に一度くらいの頻度だったから、

それほど変わらないっちゃ変わらない。

 

カフェとは言ったが、ここはショッピングモールの中にある普通のスタバ。

ハリウッド映画やNetflixのドラマに出てくる、あんな洒落たものではない。

混んでるし、高いしね。

側から見ると、テラス席でただ仲良く話している2人のアジア人だが、

実はちょっと微妙な空気が2人の間には漂っている。

 

白人で元軍人のジェイミーを夫にもつミホは、3年前に子供が産まれ、

ロサンゼルスから1時間半ほど離れた郊外の夫の実家近くで暮らしている。

彼が横須賀の基地に勤務していた時に出会い、その後結婚を機に渡米してきた。

 

退役後のジェイミーは苦労している。なかなか思うようには定職につけず、

コロナもあって、半年以上無職だった。

3週間前にカリフォルニア州がようやく経済再開し、

オフィスビルの警備員の仕事に最近ようやくありつけたところだ。

要するに、ミホの生活は裕福ではない。

まだ小さい子供の世話をしながら、アメリカ生活のヒントを紹介するブログとか、

日本向けの買い物代行で家計の足しにしている。

 

“俺たち白人がいったいナニしたってんだ” “ハンデもらって成功しやがって”

お酒の量が増えたジェエミーのそんな言葉を聞き続けていることが、

ミホの考え方にも少なからず影響しているのは否定できない。

 

一方アイコは、夫と共通の趣味であるロードバイクに乗って、

今日もここまでやってきた。家からは10マイル以上もあるというのに。

夫のアレックスは、医療系スタートアップ企業で経理部を率いている。

大学教授と出版社で働く両親の元で、比較的裕福でリベラルな黒人家庭で

育ったのが、アレックス。アイコがそんな彼と出会ったのも、

彼女が同じスタートアップのエンジニアとして働いていた時だ。

同僚たちと行ったロードバイクツーリングがきっかけだった。

大学留学でアメリカに渡り、運よくインターンシップと就職もそのままゲット。

黒人のアメリカ人と結婚するなんて全く予想もしてなかったけど、

彼女らしい人生だといつも感じている。

 

「久しぶりだね。新しい自転車?かっこいいじゃん。」

「そうそう。今世界中で自転車がすごい人気みたいで、3ヶ月も待ったんだよね。」

 

今日は実家の両親に子供を預けてきたというミホの話を聞いて、

アイコは少し考えた。アレックスのお母さんとのことを。

私たちに子供ができたら、そういう仲になれるだろうか。

アレックスとの生活には何の文句もない。

ただ、義理の母は正直私に心を開いていない気がしている。

初めて会った時からずっと。言葉や人種の壁だとは信じたくないけど。

 

「この間はメッセージで、なんかごめんね。」

ミホは早速あやまった。イヤな空気の空間にずっといるのは耐えられない性格だ。

 

それは、共通の知人であるナオミに起った事件に関してやりとりしている時だった。

ナオミの旦那さんは中国系アメリカ人。彼のお父さんが公園で犬の散歩をしていたら、

最近多発しているアジアンヘイトの被害に遭ったということだった。

“アジアンヘイトの犯人って、実はけっこう黒人多いみたいだね。”

“ミホちゃんは人種差別のことを全然わかってない。”

去年のロックダウン中もBlack Lives Matterのデモにアレックスと毎週末参加した

アイコにとっては、システミック・レイシズムを無視したようなミホの一言に、

カチンときたのだ。

 

「ヘーキ、ヘーキ。私もなんかぶっきらぼうに返事しちゃって、ゴメン。」

 

D M V(交通局兼運転免許センター)の窓口で免許更新に戸惑っていたアイコに

ミホが声をかけてから、もう4年になる。

 

「見て、あの人、日本人かな。いかにも駐在の奥様って感じ。」

 

仲がいいのか悪いのか、二人もわからない。

でもこうやって普段ほとんど使わなくなった日本語で話すと、

お互い少しだけ楽になれるのは確かだ。

 

*****

ワクチン効果もあって、街に人と活気が戻りはじめたアメリカ・ロサンゼルスのカフェで見かけた

二人のアジア人女性。その風景を眺めながら、頭に浮かんだこと。

白人と結婚した日本人、黒人と結婚した日本人、アジア人と結婚した日本人、

駐在で来ている日本人、こちらで生まれ育った日本人、

いろいろ訳あって最後にアメリカに流れ着いた日本人。

一言で「在米日本人」と言っても、その人生と背景は様々です。

例えば、そういう多様な在米日本人たちを主人公にしたドラマシリーズがあったら

面白いかなと思ったり、思わなかったり。

 

遅れましたが、今週コラムを担当する曽原剛です。

ロサンゼルスをベースに東京と行ったり来たりしながら仕事をしています。

(早くコロナ落ち着いて日本行きたい!)

今週は、このコロナ禍の毎日の中でふと浮かんだ、

些細な物語の種を描いてみようと思います。

お付き合いください。

曽原剛の過去のコラム一覧

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