リレーコラムについて

シェア型書店をはじめてみた(4)

樋口尚文

「見るまえに跳べ」とは最近亡くなった大江健三郎さんの小説のタイトルだが、これはカミサンと私の行動傾向をずばり言い表したコトバでもある。「シェア型書店」という運営方法を先達の実例から学んだわれわれは、気づけばこだわりの神保町に物件を見つけ、カミサンお手のもののユニークな内装工事にとりかかった。この段階からたとえば「紙の書籍を絶滅させないためのチャレンジ!」みたいなそれっぽいお題目をかかげてクラウドファンディングでもしていれば、この工事費用も浮いたかもしれないが、そもそもそんな大それたテーマはわれわれにはない。ただただカミサンと私が個人的に「あればいいな」と思う空間をなじみ深い神保町にこしらえたかっただけなので、全て自己資金で好き放題のスペースをつくった。

結果できあがったのは160年前の廃寺に遺された三連のクレージーな兎が舞う欄間、60年前のイギリスのシャンデリアと100年前のテーブルが組み合わさったハイブリッド空間で、特注のヨーロピアンな棚は既存の「シェア型書店」よりも背を高くして写真集やLPレコードも置けるようにした。このインテリアの狙いは、文字通りごった煮的な「文化の越境」で、こしらえた150の棚がひとくくりにできない多彩な文化の渦になってくれることを願って、こんなステージを作ったのだった。これは既存の機能優先の「シェア型書店」をもっと洒落たサロンにしようという工夫でもあったが、ここに今ひとつ新たなスペックとして、ドネーションも加えてみたいと思った。

それはカミサンと私が愛猫家であるがゆえの思いつきなのだが、要は売上の一部を保護猫活動に寄付することをテーマに掲げ、店名も「猫の本棚」とした。旧来、猫は文豪たちにこよなく愛されてきた人生のパートナーであり、本とのなじみもよい。奇しくも店のある千代田区は保護猫活動が盛んで、至近距離にある猫シェルターともすぐに親しくなった(店名から猫グッズ専門店だと思いこんでいらっしゃるお客さんはがっかりさせて申し訳ないのだが)。

さらに150の棚を全て棚貸しにするのではなく、100棚を広く棚主さんにお貸しする一方で、残りの約50棚とポップアップテーブルは当店独自のキュレーションによる「企画棚」とすることにした。たとえば『戦場のメリークリスマス』で知られる世界的巨匠・大島渚監督の愛蔵書をご自宅の書庫から運んで広く頒布する「大島渚文庫」、近年大学院を首席で卒業して驚かせた女優・秋吉久美子さんが学んだ本を並べた「秋吉久美子文庫」、故・青山真治監督が遺した厖大な蔵書をファンや研究者にお分けする「青山真治文庫」……などを「企画棚」で展開し、この店独自のカラーを出すと同時に、こうした話題の棚で集客することで他の棚主さんたちの棚をより多くの方に見てもらうことを狙った。

さてそんなこんなのスペックを盛り込んで、カミサンと私なりに「シェア型書店」というシステムをカスタマイズして、まさかの「神保町の本屋さん」は完成した。がらんどうの100個の棚を見ながら、はたしてここを埋めてくれる棚主さんは存在するのか?そんな酔狂な方は現れず、たちまち店じまいするのではないか?そんな不安と期待が入り混じるなか、「猫の本棚」が開店したのはちょうど一年前のことだ(つづく)

 

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