リレーコラムについて

チー牛の伝説

松田正志

こんな作品に出会えるから、人生はやめられない。映画、小説、音楽、ゲーム…数ある創作物の中でそう思えるものは少ないけれど、何かひとつと問われれば僕は迷わず「ゼルダの伝説」と答えるだろう。ゼルダの伝説は、任天堂が発売しているアクションアドベンチャーゲーム。その記念すべき「初代ゼルダ」は、1986年2月にファミリーコンピュータ・ディスクシステムのローンチタイトルとして発売された。ドット絵、シンプルな音、限られたフィールドで構成された最小限のゼルダは、それでも奥行きを感じさせる壮大な世界観があった。当時の私はというと、小学校から中学校へと進学するタイミング。スポーツが苦手で、ファミコンと古い漫画が大好きなオタク。今でいうチー牛であった。1986年は、バブル景気のはじまりで、おニャン子クラブが大ブレイクしていた。九州のチー牛には時代のイケイケ感はよくわからなかったけれど、とにかく僕のゼルダ人生はここからはじまる。部活にも入らなかった僕は、学校から帰るとすぐにファミコンを起動させ、ゼルダの世界にのめり込んだ。謎解きと探索。ゼルダには、少年が好きなものがすべて詰まっていた。

 

そこから時は流れ1998年。バブル崩壊後の悲惨な時代に、伝説のゲーム「ゼルダの伝説 時のオカリナ」が発売される。ゼルダシリーズ初となる3D作品で、いままで平面だったフィールドが、まるでそこに自分がいるような臨場感のある世界へと進化した。時のオカリナは、国内外での評価も高く、ファミ通クロスレビュー初の40点満点、海外のレビュー収集サイトMetacriticでは現時点でも抜かれていない最高得点の99点を獲得。発売時、僕は大学を卒業したのち、福岡の広告プロダクションでコピーライターとなっていた。髪も茶色や金色に染め、流行りの服を着て会社に行った。晴れてチー牛卒業である。朝から深夜まで働き詰めだった僕は、仕事以外の時間はすべて睡眠に費したかったはずだが、このゼルダは時間を忘れてどっぷりハマった。むしろ忙しいほど、僕はゼルダを求めた。「家に帰れば、ゼルダの伝説」。仕事で消耗し切っていた心をあたたかく包んでくれるマイホームのように、ゼルダが僕の心を救ってくれていたのだ。

 

2006年、ライブドア事件が起き、第一次安倍内閣が発足した頃、「ゼルダの伝説 トワイライトプリンセス」が発売される。3Dゼルダがよりリアルになり、フィールドもより広く、ストーリーもドラマチックになった。これまでのゼルダの集大成のような傑作である。その頃、転職によって博報堂九州支社に勤め始めた僕は、慣れない代理店仕事に一喜一憂しながら充実した日々を送っていた。また、結婚してマンションも購入していた。チー牛もやがて自立するのである。それでもやっぱり僕はゼルダにハマった。このゼルダはグラフィックが飛躍的に美しくなり、プレイしない人も見ていて楽しい。ゼルダをやらない妻も、僕がゼルダをプレイするのを横でじっと見ていた。「家を買っても、ゼルダの伝説」なのである(しつこい)。

 

そして2017年、トランプ政権が誕生し、ブルゾンちえみが踊っているところに、シリーズ最高傑作と世界から絶賛された「ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド」が誕生する。ゼルダ初のオープンワールドで、革新的な遊びに満ちた、いつまでもそこで暮らしていたいと思わせる世界を創造してしまったのである。本作を僕が入手したのは、妻と息子と移り住んだニュージーランドから帰国してすぐ、独立したての頃だ。あまりに面白さに、一日に何時間でもプレイできた。仕事の区切りがつけばSwitchを取り出して遊んだ。移動中のバスでも、寝る前にベッドの中でも、寸暇を惜しんでプレイした。ああ、早くハイラルに帰りたい。いつもゼルダがしたくてソワソワしていた。こんな面白いゲームには二度と出会うこともないのかな…。そんなことを想像すると、ゲームを終わらせるのがさみしくて、いつまでもラスボスを倒さずにフィールドを徘徊した。

 

しかしそれは杞憂だった。今年2023年春、「ゼルダの伝説 ティアーズ オブ ザ キングダム」発売。それは最高傑作だった前作をはるかに超える、イノベーティブなゲームだった。いままで体験したことのない新しいシステムが導入され、フィールドも一気に拡大。やり込み要素が桁外れだった。そんな中、僕のゼルダ人生は新しい方向に動き始める。10歳になる息子がゼルダにハマったのである。ハマったのである、というか、僕がハマらせたのだ。はじめはぎこちなかった操作も、みるみる上達し、複雑なプレイもこなすようになった。セガレが成人したら、いっしょに一杯やるんだ。というお父さんの夢があるけれど、セガレと一緒にゼルダをやるのも悪くないと思った。これまでは、主人公のリンクとともに謎解きと探索を繰り返していた僕は、いまリンクと息子とともに冒険の旅に出るのだった。こんな思ってもいない展開が待っているから、人生はやめられない。

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