リレーコラムについて

デボラ

小山田彰男

「もし、5億円当たったらどうする?」
「もし、戻れるとしたら、何歳の頃に戻りたい?」

こういう会話をすることって、たまにあると思うのだけれど、この話の終わりは、大体どうしようもないことになる。
どうにもしようのない仮定の話なのだから、どうしようもない帰結は当然だ。
フロアや会議室で、根を詰めて企画しててやがて疲れて、自然とみんなで集まり、
「この世で一番頭を使わない会話」をしてリフレッシュするという、一つの知恵なのかもしれない。

ただ、一回だけ、この手の会話で熱を帯び、その後痛い目に遭ったやりとりが忘れられない。

「もし、外国人の名前を名乗れるとしたら、何にする?」

こんな問いには、ハリウッドセレブかアーティスト、ほぼ韻で決めてしまうのが常だろう。
その場で目に入った雑誌の横文字を即答するかもしれない。
その先輩は、自分で問うておきながら、我先に回答した。

「私はね、デボラなんだぁ〜」「デボラ、良くない?」「私はデボラ」
「ダメよ、今、デボラがいいと思ったかもしれないけど、デボラは私のもの」
あまりの本気度に、みんなで爆笑した。特に私は、この話が殊更気に入ってしまい、

翌朝、その先輩に「おはようございます、デボラマーン!」と気安く接してしまった。

その先輩は、大事にしている秘密のもう一つの自分の名前を、こうもカジュアルに暴露されたうえに、
マンまで付けられたことで、フロアで烈火の如く怒った。

「アンタね、私は先輩よ、年次っていうのはね山より高く、海より深いのよ!」
奥義・年次の差まで繰り出して怒るって、よっぽど勘に障ったのだなと深く反省してひたすら謝った。

数年後、その先輩と、混んでいるエレベーターで一緒になった。
随分穏やかになられて、実際には彼女が降りるまで私は気づかなかった。
降り際に、彼女は振り向きながら、笑顔で言って残した。

「忘れちゃった?ほら、デボラマン」

あー、思い出した!という瞬間にエレベーターの扉は閉まる。
残された私は、いや、残された私こそが、エレベーター内で「デボラマン扱い」されていた。

「何なのかしら、デボラマンって。馬鹿みたい」「クリエーティブの日々の会話ってセンスなし」
そんな視線を浴びてるようで、数秒間、いたたまれなかった。

デボラに、鮮やかに復讐された瞬間だった。

 

 

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