ピダハンの衝撃
最近もっとも衝撃を受けた話です。
ブラジルのアマゾンに住む「ピダハン」という部族には、なんと
数の概念も、左右の概念も、未来・過去の概念も、色名すらない、といいます。
もう、どういうこと!?と叫びたくなる事実。
我々からすると、空気ほど当たり前にある概念が、彼らには無い。
でも、ピダハン族はちゃんと存続しており、現在も生活しているそう。
また明日ね、おやすみ、という概念もない。
自分から見て、右・左という考え方もない。
全ては、「今、ここ、自分」という価値観で暮らしている人たち。
未来の概念がない彼らには、不安という概念も無いし、
過去の概念がない彼らには、後悔という概念も無い。
リレーコラムの締切なんて、あるわけない。
言語や、価値観/概念が生み出す機微に非常に依存する職業の僕たちからすると、なんとも不思議な気持ちになる話でした。
ピダハンについては、下記の書籍がとても生々しく、ありのままの彼らを教えてくれます。
ピダハン「言語本能」を超える文化と世界観
「著者はもともと福音派の献身的な伝道師としてピダハンの村に赴いた。
それがピダハンの世界観に衝撃を受け、逆に無神論へと導かれてしまう。」
という、ノンフィクションとしても面白すぎる展開。かわいいなあ、良い人そうだなあ、著者。
今回、コラムでご紹介するにあたり色々と調べてみたのですが、言語学の観点からは上述の概念の有無などには異論が唱えられているそう。
ただ、ピダハンという部族が今も地球の裏側で生活していることもまた事実。
概念の存在によって豊かになったと信じ切っていたのが、
その概念によって縛られたり、悩みや不安を持つようになっていることに気付かされた体験でした。
なんだかインテリぶった話をしてしまってすみません。
僕自身、ピダハンの話をつい先日聞き、あまりの衝撃で本をポチったものの、まだすべて読みきっていない、ニワカ者です。
もしこのコラムを読んで、私も本読み始めたよ!という方がいらっしゃったら、お電話お待ちしております。一緒に読みましょう。
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さて、僕のつたないコラムにお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
もし読んでくださり、何かひっかかるところがあり、
石倉という人間に少しでも興味を持ってくださった方がいたら、是非ご連絡ください。
こんなご時世ですが、こんなご時世だからこそ、新しい出会いがあると嬉しいなと思います。
色んなお話を聞きたいです。
リレーコラムのバトンを、新人賞同期の大塚さんにお渡しします。
大塚さんのグラフィック作品も、強烈なインパクト・絶妙なユーモアが素晴らしくて、こっそり嫉妬させていただいておりました。
快くバトンを受け取ってくださりありがとうございます!
最後まで読んでくださりありがとうございました!
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