リレーコラムについて

人生最高のコーヒー

早坂尚樹

あれは数ヶ月前、

妻の買い物に付き添い、おしゃれな洋服屋さんにいったときのこと。

 

人生最高のコーヒーに出会った。

 

僕自身、洋服には無頓着なので、

ぼーっとしてお会計を待っていると

 

店員さんから「よかったらお飲み物はいかがですか?」と案内された。

 

なるほど。こういうおしゃれなお店は、

飲み物のサービスまであるのか、と驚いた。

 

しかし、おしゃれなお店に慣れていないと思われては恥ずかしいので、

平静を装い「アイスコーヒーで」と頼んだ。

 

数分後、これまたおしゃれなコップのアイスコーヒーが出てきて、

一口飲むと、衝撃が走った。

 

おいしい!なんて、おいしいんだ!

この、ほどよい苦さ。

 

人生最高のコーヒーかもしれない。

 

何を隠そう、僕自身、毎日絶対に飲むほど、コーヒーの愛飲家だ。

 

その僕が、こんなにもおいしいと感じるなんて。

店内を見渡すと、洋服屋でありながら、

なにやら大きなコーヒーメーカーも置いてあるじゃないか。

 

よっぽど豆からこだわっているに違いない。

 

蕎麦屋のカツ丼がおいしい、みたいに、

今は洋服屋のコーヒーがおいしい時代なのか。

 

だが、落ち着け、テンション上がっているのを悟られてはいけない。

 

こんなおしゃれなお店に来て、

サービスのアイスコーヒーに喜んでいては、

田舎者丸出しじゃないか。

 

都会人らしく、平然を装って、店員さんに聞いてみた。

 

「おいしいですね。豆とかも特別なものなのですか?」

 

店員さんは、まるで僕の質問が聞こえていないかのように答えた。

 

「おいしかったなら、よかったです!」

 

秘伝の味を教えまい、まるでそう言っているかのようだった。

僕はもう少しだけ攻めた。

 

「ほんと美味しかったので、家でもマネできたらと思って…」

 

そんな発言を流すように店員さんは答えた

 

「よかったら、もう一杯用意しますよ!」

 

そんな店員さんとの攻防に、しびれを切らして僕はいった

 

「もしよかったら、どこで売ってるものか教えていただけたら…」

 

 

すると、店員さんは

スマホの画面を見せてきた

 

そこには、

業務用 特売 お得パックの文字。

 

びっくりするぐらいただの市販のコーヒーだった。

 

「本当にどこにでもあるものなので、なかなか言いづらくて…」

 

こんなにも人は気まずそうな顔ができるのかというぐらい、

店員さんは、気まずそうな顔をしていた。

 

僕は、ただの味音痴だった。

 

店の雰囲気と、木製のおしゃれなお盆とコップ。

てっきり特別なものだと思い込んでいたのだ。

 

そして何より、恥をかかせまいと気を遣ってくれた店員さんの優しさにすら

気がつかないという愚かさ。

 

人間、やはり背伸びはあまりするものではないようだ。

 

コーヒーの味以上に、苦い思い出になった。

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