今宵は、シャンパンからはじめましょう。
ポンとコルクの弾ける音がすると、たちまち気分は高揚する。
細長いシャンパングラスに、泡立つ液体が注ぎ込まれると、
グラスの底から1筋の泡が、まっすぐと天に向かって上がっていく。
まるで真珠が連なったかのようなその様子と、色の名前にもなっている薄いゴールドの液体。
口に含むとふわりと鼻にぬける、香ばしい香りと、滑らかな舌触り。
他のお酒とは一線を画して、その場所をお祝いの雰囲気に仕立て上げる。
そう、たとえそれが昼間の芝生の上だろうと、高級レストランだろうと、平日の食卓だろうと、関係ない。
さて。
2017年は、私にとっては暗黒の1年だった。
意気揚々と出品したTCC新人賞は、1次審査も通らなかった。
力不足。それを目の当たりにし、全てをかなぐり捨てると決めたのだった。
0か100かの女である。うまい具合にバランスよくこなす、などという器用なことができない。
恋愛禁止、飲み会は厳選、フェス禁止(フジロック以外)、旅行禁止、などと自分にルールを課したのだった。
そしてそれは、静かに心のバランスを崩していった。
企画が通らない。コピーが通らない。そんなことが起こるたびに、ひどく動揺し、落ちこんだ。
なんで。あんなに考えたのに、あんなに時間をかけたのに。あの誘いを断ってまでやったのに。
私には才能がないんじゃないか。向いてないんじゃないか。もう、諦めたほうがいいんじゃないか。
それと同時に、昔誰かに言われたことを思い出した。
「コピーを3年書いて上達しなかったら、なかなか厳しいかもね。」
私はコピーライターになって3年目だった。
フレックスなのに、朝は7時には会社に行って、夜はフロアに誰もいなくなるまでやっていた。
1日1日が、私にとって闘いだった。
毎晩遅くに帰ってきてシャワーを浴びながら、その日のことを反省するのが日課になっていた。
時には、浴室の壁にガンガン頭をぶつけながら泣いていた。
そしてある日の夜中。
駅から家へ向かう一本道。私は無意識に呟きながら歩いていたのだった。
「死にたい、死にたい、死にたい・・・」
あまりにも無意識で、はっと立ち止まった。
だめだ、このままだと鬱になる。
ふらふらと、自宅の近くのバーに入った。
そこは1度だけ訪れたことがある、朝までやっている、カウンター席が8席ほどの、小さなバー。
オーセンティックではあるが、堅苦しさや緊張感はない、居心地の良い空間だ。
がたがたとスツールに腰掛け、マスターからおしぼりをもらう。
おしぼりはふわりといい香りがして暖かく、冷えた手を温めてくれた。
「なんにしましょ。」マスターが優しく話しかけてくれる。
でてこなかった。
いつもなら即決で、その日の気分のお酒を頼むことができたのに。
軽く1杯のビール。飲み直しのマッカラン。さっぱりとしたいときのブラントンソーダ割り。
ゆっくりしたいときのノイリードライロック。気分を変えたいときのジントニック。
ところが、その時の私には、なにも浮かんでこなかった。
「ええと、ええと。」
オロオロする私と、怪訝そうに見守るマスター。
「ねえ、よかったら。」
その時、隣に座っていた上品なおばさまが声をかけてきた。
「シャンパンをね、開けてもらったんだけど。普段そんなに飲まないから、
私たち2人じゃ1本飲みきれなくて。よかったらどうですか?」
おばさまの横には同じく上品なおじさまが座っていて、にこにことこちらを見ていた。
口に含むとすうと抜けていくアロマの風味。ムースのような舌触りと、ほのかにシトラスのような後味。
久しぶりに飲むシャンパンの美味しさに思わず、声が出ていた。
「おいしい。」
それはよかった、と、ころころ笑うおばさまに思わず尋ねる。
「お祝い事かなにかですか?」
「まあ、一応ね。そんな大したことじゃないけど。」
ねえ、というようにおばさまはおじさまに話しかけ、寡黙そうなおじさまは何も言わずほほえんだ。
私は2人の邪魔をしてはならぬと前に向き直り、グラスに口を運んだ。
隣の2人とシャンパンの多幸感に、まったく不釣り合いな自分。
それでもなぜか不思議と、居心地がよかった。
グラスの中の小さな泡の列をぼんやり見ながら、私は考えた。
小さなお祝い事を自分にしてあげよう。自分を奮い立たせるのも、
慰めるのも、元気付けるのも、結局は自分でしかできないのだから。
それからというものの、自分の中で少しうまくいったり、いいことがあった時、
はたまたとりたてて悪いことがなかった時などにそのバーに行き、
シャンパンを1杯だけ、ひとりで飲むようになったのだ。
セルフ祝い。
シャンパングラスを口に運ぶ前に、心の中で自分と乾杯する。
「おめでとう、少しだけ、前の自分から前進できたね。」
いつしか心のバランスは、自分で取り戻せるようになっていた。
そして。
2018年、4月。
TCC新人賞の発表のラジオは、わざと聞いていなかった。
いや、聞くことができなかったのだ。怖すぎて。
どハマりしていた、SATC(SEX AND THE CITY)をアマゾンプライムで鑑賞し、
主人公のキャリーに自分を重ね、彼女の金言に思いを馳せていた瞬間。
ザキさんから(1つ前のコラムを参照ください)突然のメール。
「とったよ!!おめでとう!!」
慌てふためく私に、部長から、CCOから、そして友達から、
たくさんのお祝いメールが届き、私は思わず号泣してしまった。
涙でぐしゃぐしゃになりながらも、普段色々と相談をしている先輩にメールをすると、
今から飲もう!との一言が。
深夜2時。すっぴんで洗いざらしの髪のまま、先輩のいるバーへ向かったのだった。
バーにつくなり、先輩はなんのためらいもなく、店員にオーダーをした。
「シャンパンをボトルで。」
涙も収まり、でもまだ夢見心地でふわふわとしている私の前に、シャンパングラスが出される。
しゅわしゅわと泡を立てる黄金色の飲み物。
ああ、きれいだな。まるでそれを初めて見るかのように、単純にそう感じた。
そして心の中で、自分と乾杯するのを忘れなかった。
「おめでとう、少しだけ、前の自分から前進できたね。」
その時に飲んだシャンパンは、今まで飲んだどの高級なものの、100倍美味しかった。
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本当は5回きちんと書きたかったのですが、なんだかんだで3回しか書けませんでした・・・(泣)
それでも感想など、くださる方が結構いてとても嬉しかったです。
短い間でしたが、お付き合いいただいて本当にありがとうございました。
さて、照井さんからネット文豪のほにゃららと言われていた件ですが、
2年前からこんなブログで物語を書いておりまして。
「おんなのはきだめ」
そのうちの、「彼氏がいるのに、彼氏がいないと言い続けるおんなたち。」というエントリーが
http://chainomu.hateblo.jp/entry/2016/07/02/014821
ちょっとプチバズ?のようなものになって、ニュースサイトに乗るわで当時はびっくりしました。
最近作は糸井さんも読んでくださって、いいよね〜って感想を呟かれていて、大興奮いたしておりました。
相変わらず全然更新しないんですけど、お時間あって暇な方はひょっこりのぞいてください。
さて!
次にバトンを渡すのは、ADKの片岡良子さんです!!
かたちゃんはTCC新人賞の同期で、共通の友人もたまたま多くいたため、仲良くなりましたが、
そのほんわかしてかわいらしい顔と雰囲気と声で、
ずばずばものを言うのでとってもおもしろくって、大好きな女の子です。
ではみなさん、今宵も、いいお酒とともにお過ごしください。
※このコラムは、毎回題材となるお酒を飲みながら書いたものでした。
4573 | 2018.11.12 | 今宵は、シャンパンからはじめましょう。 |
4572 | 2018.11.09 | 今宵は、ビールにいたしましょう。 |
4571 | 2018.11.06 | 今宵は、日本酒にいたしましょう。 |