リレーコラムについて

今宵は、日本酒にいたしましょう。

春日井智子

日本酒は、温度を司る唯一のお酒だ。

冷や、常温、ぬる燗、熱燗。温度で味が変わるとなると、楽しみも数倍に。

 

さらには四季折々の旬の食材と合うもんだから、困ったもんです。

春にはほろりと苦いふきのとうやたらの芽を、薄い衣でからりと揚げた天ぷらによし、

照り照りに焼いた鰆にも、大葉やミョウガをたんまり乗せた初鰹にも。

食欲の落ちる夏は、きゅっと冷やした大吟醸で、すりおろし生姜を乗せたナスの煮浸しを。

さっと湯引きをした鱧に、ちょんと梅を添えて。梅水晶や塩辛、カラスミをちびちびと。

 

秋にはもう大変。秋刀魚から始まり、ぎゅっとすだちを絞った松茸の土瓶蒸し、

ねっとりとした里芋といかの煮物、ほくほくの栗おこわや、むかごごはん。

冬は言わずもがなですね。熱々のおでんに、鍋料理。

そして季節を問わず、旬の魚のお刺身に、お寿司に。

ああ、書いているだけで、よだれが出そうです。

 

さて。

あれは2年前の初夏の夜だった。

仲の良い男友達が、突然会社を辞め、そして引っ越して行くという。

いつもは大勢でわいわい飲む関係だったが、はじめて2人で飲もうとなった。

「お疲れ様でした。」そんなことを言い、おちょこの中に純米酒を注いだ。

 

日本酒を飲む2人は、カウンター席であるべきだと私は思う。

徳利を手に取り、小さなお猪口に注ぎ合う。そのちょっとした時間の共有が、秘密をも共有するかのよう。

 

全く別の業界に飛び込んで行く彼の顔は、決意と新しい世界への希望で満ちていた。

「やりたいこと、おもいっきりやってみようと思って。」

「年収、大幅に減っちゃうんだけどね、まあしゃあない。」

そんなことを言いながらも、すごく嬉しそうだった。

そんな彼の横で、透き通ったコチの刺身を口に運びながら私はぼんやり考えていた。

 

このままじゃだめだ。

 

ずっと70点の人生だった。

生まれつきラッキー。それに加え、いつもなんだかんだ、器用にできてしまっていた。

だからか、70点で満足してしまう。100点を目指さない。

「まあ、こんなもんやろ。」そんな感情が、心の何処かにありながら生きてきたのだ。

その壁にぶち当たったのが、コピーライターになって2年目の時。

 

「んーまあ、正しいんだけどね。ぐっと来ないなあ。」

CDにコピーを見せると、彼は残念そうに言った。

「正しいことを言っても、人は心動かされないよ。正しいことって、つまんないからね。」

 

70点のコピーしか書けないコピーライター。

そうやって誰の心も動かすことなく、誰の目にも私の言葉が止まることなく、

コピーライター人生は淡々と過ぎていくのだろうか。

せっかくストプラから、試験を受けてコピーライターになれたのに。

冷たい辛口の大吟醸が、きりきりと心に沁みた。

 

季節のおすすめの日本酒を全種類飲んでしまい、私たちは陽気に笑った。

じゃあ、達者で。頑張ってね。

手を降って別れ、私は家に向かって歩く。すっかり酔っ払って熱を持った頬に、風が心地よかった。

駅に着くまでの小道、私はなぜか涙が止まらなかった。

うまくいかない自分への悔しさ、歯がゆさ、やるせなさが全て一気に押し寄せてきたのだった。

 

やるしかない。

いま自分を変えないと、一生70点の人になっちゃう。

死ぬ気でやってみよう、食らいついてみよう。

そうでないと、見えてこない景色があるのかもしれない。

 

2016年、夏。

全ての熱意をかけて、コピーと向き合おうと決めた時でした。

 

 

 

 

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初めまして。

照井さんからバトンを受け取りました、TBWA\HAKUHODOの春日井智子です。

今年、富士火災のwebmovieで新人賞をいただきました。ありがとうございます。

照井さんの、ネット文豪界のバンクシーというお言葉、うれしはずかし・・・

なんのこっちゃと思われるかもしれませんが、そのお話は、またおいおい。(?)

 

生粋のお酒好きなんです。休日はお酒にあうつまみやご飯を作って家で飲んでいるか、

はたまた飲み屋街で飲んでいるか、の2択かもしれません。

大好きな街は、立石、赤羽、蒲田、浅草・・・・まだまだ開拓が足りません。

そんな大好きなお酒にまつわるちょっとしたお話のようなものができたらいいなと。

本当は昨日スタートで遅れてしまいましたが、どうぞ1週間お付き合いください。

 

 

 

 

 

 

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