リレーコラムについて

俺、実は、CM一個考えたんだよ 〜あやしいバイト・後編〜

権八成裕

(※90年代半ば。およそ30年前の話です。現在の社会通念や価値観で言うと「不適切にも程がある」と思われる内容も含まれるかもしれません。大変申し訳ございません。まだ何も話してませんが先に謝っておきます。僕は間違えます。)

横浜駅西口に、当時、シャルという駅ビルがあって。その入り口のエスカレーター付近はシャル下と呼ばれていた。その界隈で、昼間から、ホストっぽい格好で綺麗な女性を「スカウト」する男たち。その中に、全く似つかわしくないふざけた格好でひょろっと(今より40キロ近く軽かった)佇んでる学生が僕だった。大体、学校帰りだし、今と全く変わらないどうでもいい格好(デニムとかスエットとか)でやってた。

いや。告白します。「やってた」って今書いたけど、本当はちゃんとやってなかった。

安藤さん(仮名)という、元暴走族の社員の長〜いトイレが終わるのを待って(その後のトイレは決まってめっちゃ煙草臭い)、社員やらバイト達でシャル下方面へゾロゾロ繰り出す。適当な場所に陣取って、安藤さんの指示で「あの子行ってこい」とか言われて、街ゆく綺麗な女性に話しかける。今考えるとやってること「万力で骨折」と同等かそれ以上に正気の沙汰じゃあない。あらゆる観点で街の景観を汚しまくってるし、全方位的に大大大迷惑でしかない。二十歳の僕に代わって謝りたい。その節は大変申し訳ございませんでした(その後東京都では条例で禁止されたが横浜ではどうなったんだろう)。

恐る恐る声をかける。「あの、ちょっといいですか」いいわけないだろ。アホか。みんな用事があって駅を歩いているのだ。「はい、いいですよ」なんて立ち止まってくれる女性なんていないに決まってる。1日で気づいた。いや、正確にいうと始まって15分くらいで気づいた。なんだよこれ。お店に女性を連れてくといくら貰えてその人が働いてくれたらバックがいくらで、、、なんて最初の方で説明されたけど、よくよく聞いてみると、お店で働いてる女性達も、ほとんど友人の紹介か自分で応募してきた人で、そんな路上で声かけられてホイホイついてきました、なんて人はかなり少数派だった。てことはあのスカウト部隊は、なんのためにいたんだろう、、、成果なんてほぼ出てないのに、それでもちゃんと時給が出た。そういう意味では平戸の見立てはあながち間違ってもいなかった。

店の開店時間になれば「今日もダメだったな」って笑顔で確認しあって、店に戻ってボーイの制服に着替えて普通に接客する。

そんなわけで、今だから言うけど、僕は、はなからスカウトなんかしてなかった。だって迷惑じゃん。社員の手前、話しかけて拒絶感がないお姉さんのみ、雑談を軽くして、改札方面へお見送りしてた。そんで、ダッシュで元暴走族のとこまで戻っては肩で息をしながら「全然ダメでした!」と報告する。「そっか。なんか盛り上がってそうだったけどな。ま、次、頑張れや」とか肩をポンっと叩かれる。今思うと、元暴走族もいい人だった。だって、気づいてたはずだもん。

中には、クスって笑ってくれたりごく普通に会話してくれる女性もいた。実は結構いた。僕がいわゆる水商売スカウトではなく二十歳そこらのただの学生とわかると、話だけは聞いてくれて、改札で「楽しかった!ありがと!」とか笑顔で手を振ってくれる優しいお姉さん達。全くお店に貢献できてないが、あの、たった数分だけ打ち解けた、もう二度と会うこともない人に手を振って見送る時の、妙に清々しい謎の充実感はなんだったんだろう。

自分も若かったけど、なんか、世の中も若かった。

時間とエネルギーだけが無駄にあって、地位も名誉もお金も体重もまっっったくなかった(体重以外は今もない)あの頃。世の中の空気が、今よりなんだか大らかだったと思うのは、都合が良すぎだろうか。

ちなみに平戸は、また、別の先輩から頼まれたバイトがヤバイ(何が)とか言って10日くらいですぐに辞めてしまった。僕は、その後、なんと卒業するまで続けた。なんだか、全体的にテキトーで、そこにいる人たちとウマがあったんだと思う。

実は、ある時から、僕を面接してくれたあの片山さんが店に姿を現さなくなった。事情を聞くと、部下だった安藤さんは煙草吸いながら「片山の野郎バックレやがった」て呼び捨てでキレ散らかすばかりで、結局事情はわからずじまいだった。その日の営業が終わると、なぜか安藤さんはロッカーにしまってた暴走族時代の特攻服を出してきて僕らに着させてくれた。みんなはしゃいでたけど、安藤さんはあまり楽しそうじゃなかった気がする。片山さんがいなくなった理由は最後までわからなかったけど、下っ端の僕らが知っちゃいけなさそうな事情があることだけは伝わってきた。

卒業するまで続けられた一番の理由は、実は、「次長」と呼ばれていたこの店の店長が僕を可愛がってくれてたからだ。夜中にお店が終わると、決まって朝までやってる寿司屋に僕ら学生バイトを連れてってくれた。「さあ、好きなだけ腹いっぱい食えよ」とか言われて、ほんとに死ぬほど食ってると「オメーらちょっとは遠慮しろよ!」と急にキレて立ち上がって、バイトの鈴木(仮名)と堀江(仮名)の頭を引っ叩いた。みんなと一緒に僕も死ぬほど食ってたのに、なぜか僕は怒られた記憶が全くない。

次長は、元プロボクサーで、たまに、昼間お店が開店する前、シュパーン!シュパーン!と、スーツ姿のまま、サンドバックに汗だくでパンチを撃ちこんでいた。ゼイゼイ息を切らしながら「ゴンパ!おはよう!!」て言われて別に殴られる心配はなかったものの余りの迫力に「おはざいおえーす!!!」と最敬礼で地面につく角度で頭を下げていた。

社員達の話によると、次長は中学も出てるか怪しい(ていうか他の正社員も全員そんな感じだった)はずだったが、酔うと必ず「おまえ慶應だろ?俺の後輩じゃん」と人懐っこいくしゃくしゃの笑顔で言ってくれた。電通に就職が決まったと話すと「すげえなあお前!」と自分のことのように喜んで、嬉しそうに僕の肩にワシワシ腕を回してきてくれた。実は、僕の就職の報告であんなにあからさまに喜んだ人は他にいない。

次長は酔うといつも、自分が考えたというCMの企画を話してくれた。

「俺、実は、CM、一個、考えたんだよ。聞いてくれるか?」って、話してくれるそのCM案はいつも同じ内容で何度も聞いていたがその度に「え!マジですか!?」と大きめにリアクションして姿勢を正して「お願いしやす!!」と初めて聞く顔を作って臨んだ。

「いいか。舞台は冬だ。

雪がしんしん静かに降っている真夜中の東京。幹線道路だ。

<工事中>の看板と交通整理のおっちゃん。そんな人通りもまだらな中をよぉ、

「ガガガガガ、、、」「ガガガガガ、、、」一生懸命に道路で「ガガガ、、」て黙って工事してるおじさんAの横顔。おじさんBの横顔。おじさんCの後ろ姿。

そんでよ、、、カメラがこう、パーっと上空に上がっていくんだよ。そうすっと、その頑張るおっさん達が他にもこう、たくさんいるんだよ」

次長はジェスチャーをまじえて、遠い目をして話し続けた。

「で、その静かな雪の空に、キャッチコピーがこう(縦書きジェスチャー)入るんだよ。

『故郷(くに)に帰れば、みんなサンタ。

日本道路公団』

どうだ?」

子供みたいな大きな黒目で僕の顔を覗き込んで聞いてくる。どうもこうもない。僕なんてまだ、ただの学生だ。なんの実績もないしCMなんて一本も作ったことない。毎回必ず「最高っす!」と答えていた。「な、いいだろ?お前、これ、電通入ったら作ってくれよ」「はい!わかりました!」「みんな田舎から出稼ぎに来ててよぉ、故郷の家族のために頑張ってんだよ。お前はそういうのわかる奴になってくれよな」「はい!」

朝までやってる寿司屋で腹パンパンになるまでご馳走されながら、僕は約束した。

次長のCMの企画は、本当に悪くないと思ったし、今思い出しても優しいCMだと思う。就職してからすぐ都心に引っ越してしまったこともあって、お店には顔を出していない。いや、違う。思い出した。実は一度だけ行ったけど、次長は不在で、スタッフも知った顔がいなくて、1杯だけ飲んでバツ悪く帰ってきたんだった。そうこうするうちに、数年後、アーミーズバーはなくなったと聞いた。

結局、日本道路公団の仕事は巡って来ず、公団はなくなってしまったから、その約束は果たされなかった。もう一つの約束の「そういうのわかる奴」に、僕はなれただろうか。わからないけど、そういうのわかる奴でありたいと踏ん張ってるつもりだ。

次長は、本当にテレビCMが大好きだったから、こんなCM作ってます、って報告したら、きっとすごく喜んでくれた気がする。次長の大好きなお酒のCMたくさん作ってるんですよ、僕。サントリーのあれとか、これとか、それとか、、、どうですか?次長。なんでだろう。今さら次長に色んなCMを見せて喜ばせたい。もう生きてるかどうかもわからない。僕の作ったCM見てあんなに喜んでくれるのは、うちの子たちと、次長くらいだ。いや次長には見せたことないけどそう思う。今初めてそう思ったら涙が溢れてきた。どうして僕は、そういうことに気がつかないんだ。次長、お元気ですか。会ってみたいです。会っていろんなテレビCMの報告してみたいです。

以上です。

僕の拙い文章に、1週間お付き合いいただきまして、ありがとうございました。

さて、僕のバトンを受け取ってくれたのは、、、ドゥルドゥルドゥル(ドラムロールね)ドゥルドゥルドゥル、、、ダダンッ!!なんと、あの、麻生哲朗さんです!うえ〜い!拍手!!調べたら10年以上ぶりのご登場みたい。めちゃ忙しいのに、受け取ってくれましたよ!なんていい人なんだ!涙!また肉食いましょう!!皆さん、お楽しみに〜

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