リレーコラムについて

喝采。

山中康司

それは、まだ会社に入ったばかりの頃。

幸いなことに、僕はメンターの全ての仕事に入れてもらっていた。

企画コンテの描き方どころか、企画の仕方もよくわかっていなかったが、

とにかくテレビCMでも、ラジオCMでも、企画を出させてもらえた。

ただ、ちょんまげ(侍・忍者)、卵、宇宙人(U F O)が出てくる企画は、

安直だということで、メンターに禁止されていた。

 

 

あの喝采は、忘れもしない。

我らが土橋先輩が、「マザーブック」でグランプリをとったカンヌ広告祭。

その場に僕も、運よく会社から派遣してもらうことができた。

中部国際空港を出発して、ニースからバスでカンヌへ。

土橋先輩が泊まっているホテルとは、

比べようもない安宿に到着するまで、実に20時間以上。

土橋先輩が泊まっているホテルのコンシェルジュとは、

比べようもないバイトの女の子に部屋に案内してもらう。

荷ほどきを終え、ヘトヘトだった僕は屋上の喫煙所で、

20時間ぶりの一服ができたのだった。

 

2階建てのホテル。

それほど高くない屋上から、カンヌを一望することはできなかったが、

憧れのカンヌ広告祭へ来たことを実感するには十分だった。

その充足感とともに、部屋に戻ろうと、屋内へのドアを押す。

 

・・・開かない。

 

見逃していた。ドアが閉まるとオートロックされるので、

「STAY OPEN」と大きな注意書きがあった。

まだ、慌てる時間じゃない。

二本目のタバコに火をつけ、フランス人の往来する通りを見下ろす。

幸いそれほど高くない。5m、いや6mほどか。

跳んで跳べない距離じゃない。

ルームキーは持っていた。跳ぶ勇気さえあれば、部屋に戻ることができる。

二本目のタバコを吸い終える頃、僕の心は固まっていた。

 

僕はカンヌで跳んだ!

6mとはいえ落下の衝撃は予想以上に大きく、

膝が吸収できなかったエネルギーを逃すように、

僕は、前方に大きく3回転して着地した。

 

間違えてフランス人の上に飛び降りないように、

往来が落ち着くのを待って跳んだつもりだったが、

突然空から現れた東洋人を遠巻きにするように人だかりができ、

その中の一人がつぶやいた。

 

「N I N J A?」

 

その日、僕は土橋先輩に並ぶ喝采を浴びた。

憧れのカンヌの路上で。

 

やっぱり、忍者は外国人に受けるのだ。

安直だからと安易に企画の幅を狭めるものじゃない。

僕は学んだ。

そうだよ。宇宙人ジョーンズシリーズは、僕の大好きなCMじゃないか。

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