リレーコラムについて

大事なのはうまそうに描くこと

水本晋平

※このコラムの内容はすべてフィクションです。
実際の団体や人物とは一切関係ありません。

何年か前。
ある世界的画家と、仕事をした。
商品を話題にするため、
その商品の絵を描いてもらう。
シンプルな企画だった。
企画OKの連絡を受け、
彼の海外のアトリエにでも突撃するつもりだったが、
タイミングよく来日する予定らしい。
南の島への海外ロケ!という思惑は外れたが、
とにかく彼は絵を描いてくれる。
特徴は、繊細で写実的なタッチ。
きっと商品も鮮やかに描いてくれるにちがいない。
「え、これ写真じゃないの!?」
多くの人が驚くだろう。
想像するだけで、ぼくたちは笑みがこぼれた。

来日当日。
ぼくたちは世田谷のハウススタジオにいた。
メイキング風景や、スチール撮影も必要だったからだ。
到着を待つ間、スタッフたちは、
念入りにシミュレーションを繰り返した。
絵を描くのに、1時間くらいかかるだろう。
その間に、できる限りいろんなアングルから狙いたい。
相手は巨匠。
どんな風に絵を描くのだろうか。
突然怒ったりするかもしれない。
水は常温でないと不機嫌になるかもしれない。
不安もありながら、その瞬間を心待ちにしていた。

 

彼は大きな車でやってきた。
世田谷の住宅街の狭い路地に現れる、真っ黒のリムジン。
いや、真っ白だったかもしれない。
色の記憶は曖昧だが、とにかくそのリムジンは巨大だった。
これが世界的画家かと圧倒された。

 

ハウススタジオに入り込んで来る彼は、
長旅の疲れだろうか、とても眠そうだった。
昼下がりに、意味のわからない打ち合わせに出席させられた
新入社員と同じくらい眠そうだった。
そして、予想に反して、とにかく温和な人だった。
こちらが想定していたポーズはすべてやってくれた。
商品を食べてのリアクションも、完璧だった。
「鬼おいしい。」
そんな意味不明なセリフも厭わず読んでくれた。

 

そして、いよいよ絵を描く瞬間。
彼の前にキャンバスが用意された。
商品以外の部分は、自国で描いてきてくれている。
あとは商品部分を、実際の商品を見ながら描けば完成。
クライアントもとても楽しみな表情でニコニコしている。
すべてが順調、なはずだった。

カメラのセッティングも完了した頃、
お付きの人があわてた表情で寄ってきてこう言った。

 

「エアーブラシを忘れました。」

 

僕は絵画の手法には詳しくない。
聞けば、彼の繊細なタッチには欠かせない道具らしい。

 

「代わりの筆は、これしかありません。」

 

そういって出されたのは、
小学生が図工の時間に使うような
毛先が太い筆であった。

アートに造詣のないぼくでも、
この筆であのタッチを再現するのは無理だと思った。
しかし、彼はこれでも大丈夫だと言っているらしい。

 

「いかがでしょうか?」

 

代替手段も指示できない僕は
おそるおそるクライアントに聞いた。

 

「仕方ないですね」

 

そう。仕方ないのだ。
ここで一体誰が、何をできようか。
慌てて東急ハンズに行ったところで、
彼の目に適う筆を探すことはできないだろう。

 

「大丈夫です」

 

クライアントの理解に感謝しながら、
僕たちはそう告げた。

すると、彼はおもむろに
その太い筆で商品を描き始めた。

ものの5分くらいだろうか。

 

「Finish.」

 

筆が太いからだろうか。
あっという間に絵は完成した。
先ほどまで空白だった部分に、
商品の絵がはっきりと描かれている。

しかし、太い筆で描かれたそれは、
彼の繊細なタッチとは程遠かった。
どちらかというと油絵に近かった。

 

「これはこれで、うまそうですね。」

こんな時でもクライアントは笑顔だった。

 

その日僕は、深夜のファミレスで、
そっとWEBサイトのコピーの一節を修正した。
繊細で写実的な絵を想定したコピーになっていたからだ。

 

大事なのはうまく描くことより、うまそうに描くこと。

 

コピーライターの仕事は
思い通りにならないことの方が多い。
そんなことを学ばせてくれる仕事だった。

※このコラムの内容はすべてフィクションです。
実際の団体や人物とは一切関係ありません。

 

 

 

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