リレーコラムについて

天城越えの企み

小山田彰男

2023年末の紅白歌合戦は史上最低の視聴率だったとか。

私はどんなにつまらなくても、つまらないということ体感するまで含め、紅白歌合戦を見続けている。
学生時代にどんなに大晦日に遊びの誘いがあっても全て断って、この年まで見続けている。
NHKホールで生観賞したこともある。

YouTubeがいかに普及しようとも、昭和44年からの私のコレクションほどのものは日本にほぼない。評論家で歌謡番組の司会もやる合田道人さん、青森の「ウシオくん」、コロムビアレコードの「メリーさん」、大分の「タマさん」くらいしかいないだろう。

そんな日本指折りの紅白フリークの私が取り上げたいのは、最多出場・石川さゆりのブランディングについてだ。

津軽海峡・冬景色は、
冒頭のたった二行で、全く無理なく700キロ移動するという、
コピー的に画期的な歌詞なのだが、それは置いておいて…

当時の演歌歌手というのは、最初のヒット曲の後、あちらこちらのご当地をタイトルにつけ、そこで恋に破れたり、追いかけたり、逃げたりするのが定番だった。
事実、石川さゆりも、津軽の後はちょこちょこと各地の港や祭りをタイトルにするお決まりご当地ソング歌手レールに乗りかけていた。

が、ここで、石川さゆりは、明確に、紅白でトリを取るための曲を作ることにする。
ご当地ソング歌手にならないために、NHKホールのど真ん中で一年に一回歌って存在感を示すという、どさ回りを経ないで、いきなり大物というブランディングを始めたのだ。
結婚や出産もあり、キャンペーン巡りをするという働き方改革にいち早く取り組んだとも言えが、それは結果論だ。
やはり新しい演歌歌手のロールモデルをなるべく企んだのは間違いない。
そこで作り上げた曲が、『天城越え』だ。

実際、天城越えは一度もヒットしたことがない。
ヒットチャートの上位に行ったこともない、石川さゆりの全曲の中でも売り上げは中の下だ。
この歌とある時代の思い出がシンクロしないのは街中でこの歌が流れていないせいだ。

しかし、この曲こそ、石川さゆりブランドの最重要ピースである。
何せ、それ用に作ったのだから、もぉぉー紅白歌合戦にお似合いだ。

鼓や琴や太鼓などの和楽器で始まり、オーケストラが乗ってくる、
♩山が燃えるぅ〜のところでは背景が真っ赤な照明、
頭左半分にはべっ甲のかんざし(ワシントン条約はどうなっているのだ?というくらいのべっ甲の数)。
♩天城ご〜え〜でようやく見えてくる、反対の頭の右半分にはさらに倍の数のべっ甲のかんざし。
いくら使ってるんだ、何匹の海亀の甲らを使ってるんだ。

アレンジの荘厳さゆえに、あまり問われないが、あからさまな不倫の歌詞。

情念で歌うと言われるようになったのもこの曲以降だ。
当地をキャンペーンでちまちま回るのではなく、大ホールでこそ映える歌手としてのブランディング大成功。
年に一回、NHKホールで最も視聴率の高い一夜の勝負に、ドカンと予算をかけて、顧客を根こそぎ刈り取る。
マーケティング的にも大成功だ。

スーパーボウルでめちゃくちゃ金とアイディアのかかったCM一回流すのと同じ感じだ。
(と、私はそう思っているのだが、きっと誰もそう思ってないでしょうね。)

ちなみに、皆さん、「天城越え」と「津軽海峡・冬景色」を一年ごとに順ぐりに歌っていると思われがちだが、
ここ3年は津軽海峡・冬景色ばかりだ。
おそらく、不倫を描く歌詞がコンプライアンス的にちょっと…と言われ出しているのだろう。

今後の歌狩りが不安だと予言して、今回のコラムを終わります。

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