子どもの背中。
「パパ背中かいて」と6歳息子はよく言う。
どれどれとTシャツをめくり背中に手を入れて、この辺りか?と聞くと
「もうちょい左、 もうちょい右、 もうちょい上、 あぁぁ、そこそこ。ハァァ〜」と気持ちいい顔をする。
わかる。子どもの頃、俺もよく背中かいてと言っていた。
息子を見ていると、ふと自分の子どもの頃を思い出す。
うちの家は転勤族だった。
1980年、長崎の時津町というところで生まれ、
長与、女の都(めのと)、大浦天主堂近く、
長崎市内だけじゃなく、島原市、諫早市と
小学校に入学するまでに長崎県内を転々とした。
長崎の次は熊本。そしてその次はなんと、およそ1000キロ離れた東京、荻窪へ。
生まれて初めて飛行機に乗った。小学5年の時だった。胸が高鳴ったのは飛行機のせいだけじゃない。
転校先の5年生は2クラスと少なく、これは全員の名前を覚えられそうだなと思い
ワクワクしながら登校したのを覚えている。
が、転校初日をむかえて以降、なんと1週間学校を休むことになる。
初日の学校の帰り道、友だちから「おまえ、ちょっと何言ってるか分かんない」と言われた。
そんなにショックだったのか人生初の胃腸炎に。気持ちは学校に行きたいのに、
何かを口にすると嘔吐するというのを繰り返し、仕方なく1週間家に引きこもった。
言語というものを初めて意識した瞬間だった。
サンドウィッチマンの富澤ばりに「ちょっと何言ってるか分かんない」と言った友だちも決して悪気があったわけじゃなく、
素直に熊本弁が理解不能だっただけなのだ。その友だちはやがて親友になり、中1の終わりに荻窪から鹿児島に転校した際は
すぐ鹿児島まで遊びに訪れてくれた。彼とは今でも定期的に呑むのだが、大人になっても何も変わらない。
こんどは酔って呂律が回らずに「ちょっと何言ってるかわかんない」と言われているから人生はおもしろい。(翌日嘔吐)
中1が東京。中2が鹿児島。中3が宮崎だった。
このあたりからだろうか、さすがにおかしいでしょと思い始めたのは。
いつもだいたい転校する1ヶ月くらい前にリビングに呼ばれ突然行き先を告げられる。
「単身赴任」を絶対に選ばない父親だったから付いていくしか選択肢がなかった。
高校2年の頃だったか「つぎは沖縄かシンガポールかもしれない」と言われた。
さすがに反抗した。宮崎での俺の高校生活を奪わないでくれ。と。
もちろん転校したからこそ出会えた人がいる。友がいる。
でも小さかった時の俺にとっては正直やっぱり辛かった。
子どもの1年は長いとはいえせっかく仲が良くなった頃にお別れしなくてはいけない。
今でもたまに思い出す。思い出すと今でも泣けてくる。
東京・荻窪の中学校から鹿児島の中学校に転校するとき、
飛行機の時間に間に合うためには給食を食べてからすぐ学校を出なくてはならなかった。
最後の給食はカレーだった。スプーンに映る顔は今にも泣きそうだった。
食べ終わってみんなと「じゃあね」を言い合いながらお別れをした。
わりとあっさりしてるもんだなと思いながら校門を出たその時だった。
「かまちーーーーーーーーーー!!!」
後ろを振り返ると、3階の校舎の窓、窓、窓、からたくさんの人が身を乗り出して手を振って叫んでいた。
「かまちーーーーーーー!!じゃあねーーーーーーーーー!!!」
その光景は、1枚の写真みたいに、今でもはっきり脳裏に焼き付いている。
「じゃあねーーー!」と叫び返している瞬間から涙が溢れていた。だからすぐ、前を向き直して砂利道をとぼとぼと進んだ。
飛行機の時間があるし急いで家に戻らないといけない。すでに空っぽになった家だけど。
「わすれんなよーーーーーーーー!」
「わすれねーぞーーーーーーーー!」
「野球やめんなよーーーーーーー!」
背中の後ろから聞こえてくる声は、ひとつ一つ、誰が言っているのかがはっきり分かった。
聞こえてくるたびに涙が溢れ出てきた。泣きじゃくっている顔を見られたくなかったから
後ろはもう振り返らなかった記憶がある。
この瞬間のことを思い出すとき、いつも俺の姿は、俯いた後ろ姿だ。
砂利道の小石を蹴りながら、「なんで引っ越さなきゃいけないんだ」と蚊の鳴くような声をこぼしながら、
ヒックヒック泣きながら、ひとり去っていく後ろ姿。
この時の自分に声をかけてやりたい。身を乗り出して手を振って叫んでいた友だちは、
きみが大人になっても友だちのままだよと。永遠の別れじゃない。
なんなら大人になっても「ちょっと何言ってるか分かんない」って相変わらず言われているんだぞと。
背中をさすってあげたい。
そして、背中をかいてあげたい。
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