旅・その2「ボーダーをまたぐ」
シルクロード。
ユーラシア大陸を横断するかつての交易路。敦煌から西に広がるタクラマカン砂漠からパミール高原を抜け、キルギスタン、タジキスタンなど、◯◯スタン(スタンとは王国の意味)を数多く通り、西は遥かヨーロッパまでつながる道。
僕は学生時代、この交易路を西へ西へ一人で旅したことがある。
万里の長城の西の果て「嘉峪関」の先で、長城はだんだん低くなり、高さ数十センチになってやがて砂漠の砂の中に埋もれ消えていく。
敦煌の郊外には鳴沙山というきめ細かい砂でできた砂漠の丘が重なるように地平線まで続いていて、名前のごとく風でサラサラと鳴く砂の声が聞こえる。
トルファンでは村のいたるところに葡萄棚があり、季節になると人々はみずみずしい葡萄の下で宴をひらき渇きを癒す。
カシュガルの市場では、羊や山羊の生首がゴロゴロ並ぶ横でラグ麺(ソフト麺に炒めた野菜をぶっかけたもの)を男たちがかきこんでいる・・・。
トルファンもカシュガルも異国情緒溢れる名前だが、実は中国に属している。というか強制的に属されている。
新疆ウイグル自治区、である。
中国は、決して僕らが知っているような漢民族だけの国ではない。
西側半分はイスラム教徒であるウイグル人が住んでおり、彼らはウイグル語を話し、ピラウ(ニンジンピラフ)や羊肉やカレーなどを食べている。
ウイグルの人々には漢字も通用しないし、もちろん英語など通じるわけがなく、身振り手振り&絵を描いてコミュニケーションするしかない。
それでも彼らは「中国」の国民として扱われている。
そんなウイグル自治区の首都ともいうべき街がウルムチである。
30年前、僕が旅した当時からウルムチでは、中国当局がウイグル人に対して同化政策を進めていて、街の北半分に漢民族、南半分にウイグル族が住んでいる、という分断状態だった。
北半分はコンクリート建物やアスファルト道路が整備され整然としているのに対し、南半分は昔からの質素な家が埃っぽい土の道の両側に並んでいるという「目に見える格差」を作為的に作った街だった。
ただし南側はウイグルの色彩溢れる服や装飾品で鮮やかな色で満ち溢れていて、僕にはそっちの方がはるかに「豊か」に見えた。
二つの街区の境には明確な「壁」は無く、旅行者の僕は自由に往来できたのだが、住民たちはそこに心理的に高い壁を感じていて、あまり行き来していないようだった。(銃を下げた中国の公安が境界にはウロウロしていて威圧していたからかもしれない)
二つの街区のちょうど境のウイグル側に市場があって、そこで毎朝炊きたてのニンジンピラフ(羊肉入り)が30円で食べられるのでとても重宝していた。それを食べにしょっちゅう「境界」を行ったり来たり跨いでいた。一つの街が二つの民族で分断されているという様子をまざまざと見せつけられ、僕は否が応でも考えさせられた。
民族とは?宗教とは?そして国とは?
自分たちの民族や宗教や文化に誇りを持つウイグルの人々にとって、国などただの「概念」にすぎない。国境など施政者に都合がいいように引かれたただの線であって、人間のオリジンに立ち帰れば、そんなもので人をくくろうとすることがおかしいんじゃないか。
みんな違って、みんないい。一方に他方を合わせようとする同化政策なんて間違ってる。
僕は、ウルムチの「ボーダー」を行ったり来たりしながらそう思ったのだった。
ある日、市場の屋台でラグ麺を食べようとした時、僕の箸が無かった。
箸が無いことを身振り手振りで店主に伝えようと四苦八苦していたら、隣のウイグルのおじさんがニイッと笑って自分が使ってる箸を僕に渡し、使え使えと手振りで示された。彼の唾液と麺の脂でテカテカな箸である。
「どうした?早く食ってみろ。うまいから?な?」みたいな屈託のない笑顔だったから、喜んで?その箸を使ってラグ麺をたいらげた。うまかった。僕もニイッと笑ったら、屋台にいたウイグルのおじさんみんなが「そうか!うまいかー!」みたいに大喜びして、言葉も通じないのに一瞬にしてまるで家族みたいな雰囲気になった。誰が引いたか知らんけど、ボーダーなんて馬鹿馬鹿しい、と思った。
僕は今、北海道白老の「ウポポイ」で、先住民族であるアイヌ文化を復興し世界に紹介・発信する仕事のお手伝いをしている。実はこの国にも同化政策があったこと、そのせいで危うく一つの素晴らしい文化が地球上から消えかけたこと、自分たちの生活の方が先進的で幸せに決まってるんだからこっちに合わせて矯正したほうがその人たちのためになると決め付けることがいかに「不幸」な発想であるかということ、お互いの文化を認め合うところから「本当の幸せ」は始まること、を一人でも多くの人に知ってもらいたいと思っている。
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