木と話していた頃
「ぼく、木と話せるんやで」
と僕は言った。
小学校低学年くらいの頃だったか。昼休みの校庭だった。
桜の木に手を当て、そっと目を閉じる。
そして、まるでイタコになったように、木の想いをつぶやいた。
ぼく「水がほしい・・・・・・って言ってる」
前日に、動物と話せる超能力者みたいな番組を見た影響を受けていた。
ごっこ遊びみたいなつもりだった。
まぶたを開けると、
目をキラキラさせながら見つめる
クラスメイトのみつお君の顔があった。
みつお「くりたくん、すごいやん!木と話せるんや!」
ぼく「えっ、う、うん…」
みつお「水やらなあかんな!」
ぼく「うん、やらなあかん!」
僕らとみつお君はジョウロに水を汲み、桜の木に水をあげた。
そこで昼休み終了のチャイムが鳴った。
ここでこの話は終わるはずだった。
子供のたわいもないごっこ遊びとして終わるはずだった。
ところが教室に戻ったとたん、事件が起こった。
みつお「くりたくんって、木と話せるんやよ!」
みつお君がクラスメイトに驚きを伝えてしまったのである。
そしてなぜだろう。
級友「え〜すごい!」
みんなも、そのぶっとんだ設定を何の疑いもなく信じてしまったのだ。
ちょ、ちょま・・・
どうして僕のクラスはあんなに素直な子たちばかりだったのだろう。
教育システムが良かったのだろうか。
岐阜県教育委員会の功績がうらめしい。
女子「すごいやん」
隣の席の女子がニコニコしながら話しかけてきた。
ぼく「う、うん…」
もちろん今なら「ごめんごめんあれは冗談」などと笑いながら幕を閉じるところだ。
しかし幼すぎた当時の僕は、
周囲の期待と興奮の圧に、つい本当のことを言う機会を逃してしまった。
でも大丈夫。
明日になればどうせみんな忘れてるよ・・
と思ったその時だった。
女子「じゃあ今日の放課後、うちらにも聞かせてや」
うわ〜〜〜ん。
もし僕がのび太だったら
次のカットで「ドラえも〜ん!!」と泣きつくシーンになっていただろう。
しかし残念ながらドラえもんは存在しない。
たとえ22世紀からタイムトラベルした者がいたとしても、
木と話せる嘘をついた小学生を救うことより
やるべきことがあるだろう。
木トーク問題は、自分で解決するしかない。
重苦しくお腹の痛い5時間目が終わり、
放課後が、最期を告げるようにやってきた。
みつお「こっちや!くりたくん、この木と話したんやで!」
丁寧にクラスメイトたちを桜の木まで案内するみつお君。
みつお君、きみはなぜそんなに熱心に僕を広告してくれるんだ。
ありがとう、もういい、もういいんだ。
この気持ち、君に届け。
期待みなぎるクラスメイトに囲まれながら、
僕はやむを得ず木に手を当てた。
ひやりとしているのは、木の皮か、僕の手のひらか。
目をつむる。
何とか木の想いを語らなければならない。
しかし、木は・・木は・・
みなさん、ちょっと想像していただきたいのだが
木ってなに考えてるのか、意外とわからないのである。
犬や猫ならば、
表情や動きが、喜び悲しみなどのヒントとなっただろう。
しかし木はあまりに不動すぎた。
情緒が安定しすぎていた。
人生ではじめて木の気持ちについて真剣に考えた。
人類がみんなこうならば環境問題もすぐ解決するであろう、
というほど木の立場に立っていた。
ここまで考えてるのだから、木のほうも本当に何か伝えてくれるのでは?
と期待したが、木は何も語ってくれなかった。
そのときだった。
一陣の風が吹き、木々の葉がそよいだ。
ぼく「サラサラ・・」
級友「?」
ぼく「風が、気持ちいい・・って言ってる」
級友「おお〜〜」
乗り切った・・!
いかにも木が思っていそうな感じである。我ながらうまくいった。
恵みの風・・
そう思っていた矢先だった。
やすし「こっちの木は何て言っとるの?」
クラスメイトのやすしが、隣のさるすべりの木を指差した。
さるすべりの気持ち・・もはや皆目検討もつかなかった。
「昨日さるがすべっちゃったんだよ」くらいのことは思いついたが
校内にさるが生息する設定に無理があることは薄々理解していた。
ボロが出るのは時間の問題だった。
その後も次々と知らない木の想いを聞かれた。
杉、しい、ひのき、カラマツ、クロマツ・・
次々と気持ちを話せと求められる。
共感できない生命体の代弁は本当に難しかった。
なんでこんなことに・・
誰が校庭にこんなに豊かに木を植えたんだ・・
岐阜県教育委員会か・・?
その素晴らしい功績が改めてうらめしかった。
木木木木樹木木木木木木林木木樹木木森木樹木木木木木木木木木木
木木木木樹木木木木樹木木木木木木木木木木林木木樹木木森木木樹
木木木木木木木樹木木木木木木木樹木木樹木木木木木木木林木木樹
そのあとのことはよく覚えていない。
木の圧に耐えかねて、半べそで白状した気がする。
しょせん低学年の戯言だけに、その後はすぐ忘れられていった。
でも改めて今、あの時のみんなに謝りたい。
木と話せるなんて嘘ついて、ごめんなさい。
実は僕は木とはまったく話せないんだ。
それどころか人間とだって
うまくコミュニケーションできてるか怪しいものなんだ。
それでもなんとか、生きているよ。
あの頃みたいな想いをしないように、
広告ではできるだけ嘘をつかないようにしたいと思っています。
そして木よ。
いつか本当に話せる時代が来たら、僕を叱ってほしい。
そして一杯、水でも酌み交わしてくれたら嬉しい。
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今週を担当いたします栗田雅俊と申します。
前回まではそうそうたるCMプランナーの皆さんがリレーを繋いでいらして、
麻生哲郎さんには「このターンのアンカー」として丁寧な大変ありがたいフリを頂き、
いまこの手にあるバトンの重みをすごく感じています。
落としたら、ドラゴンボールのピッコロのターバンみたいにズシンと地面にめり込むような重量感です。
これは少しでもみなさんのお役に立てる内容を書かねば・・!
という思いはあったのですが、
実力のほうが足りておらず。。
とりあえず今日はひとまずなんとなく
木の話をさせていただきました。
ありがとうございました。
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