水に流せない話
和田から受け取ったバトンを握ったまま
金曜日を迎えてしまったことを、心からお詫びします。
申し訳ありません。
現地時間、午前2時42分。
私はいま、出張先の大連で、このコラムを書いています。
海外といえば、気になるのが携帯電話の使用料です。
アンコールワットで日の出を見ようと家族でカンボジアへ出かけたところ、
娘に15万円の請求書が届いて大騒ぎになったことを思い出しました。
ソフトバンクに交渉してことなきを得たのですが、
この夏、それを超える衝撃が都築家を襲ったのです。
8月はじめの名古屋は、二つの連続する台風の影響で雨が続いていました。
朝、庭に突き出したウッドデッキに出ると、
嫌な予感を伴うかすかな音が聞こえたのです。
間に一軒挟んで、F建設が本社社屋の建て直し工事を初めていて、
地下水を汲み上げる音が昼夜を問わず届いていました。
時折生じる耳鳴りに悩まされている私は、
その工事の音だと言い聞かせながら部屋に戻ったのです。
数日後、洗濯を干す妻が掃除機をかけている私を呼びました。
「何か音がする」
妻と並んで耳を澄ますと、
大発生したクマゼミたちの声の奥に、あの音が確かに聞こえたのです。
静かに、何かが漏れる音が。
F建設の工事現場からは、足場を組む人たちの太い声に紛れて、
今日も水を汲み上げる音が聞こえてきています。
敷き詰められた砂利の上に降りると、散水用のホースが目に入りました。
鼓動の高鳴りが、止まらなくなりました。
ホースを巻き取るリールを持ち上げると、
蛇口と本体を繋ぐ短いホースが、ポトリと音を立てて砂利の上に落ち、
水が勢いよく溢れ出しました。
ホースと本体の接合部分が傷んで、漏れていたのです。
夫婦二人、次の水道代に怯えて毎日を過ごすことになりました。
その日は、来ました。
出張から戻る新幹線で眠りこけていた私を起こしたのは、
妻からの1通のラインでした。
メッセージはなく、写真が一枚。
拡大すると、
「水道ご使用量のお知らせ7月19日〜9月18日
今回のご使用量(㎥)201
ご請求金額 88、345円」
とありました。
水201立方メートルということは…201トン!
「前年同時期のご使用量(㎥)35」
あの数日間で、庭におよそ166トンの水を撒いていたのです。
同じ体験をした人たちのネット上の武勇伝に背中を押され、
現場と破損した接合部分の写真を持って、
名古屋市上下水道局瑞穂営業所へ向かいました。
窓口には、小柄な女性が座っていました。
「去年と比較して、こんなに使う理由がありません。
故意ではなく、不可抗力ですから、救済措置はありませんか」
「ないんです」
「でも、急にこの金額は払えないですよ」
「分割でいかがですか」
商売みたいだ…出来損ないの法学部卒の意地を見せて、
「規則を見せてもらえませんか」と尋ねると、
市の「給水条例」を持って、彼女の上司らしき40代前半の男性が現れました。
第29条 給水装置の破損による漏水があった場合は、使用水量の低減は行わない。ただし、使用者に過失のない不表現の給水装置の破損による漏水があった場合で、(水道)局長が特別の事情があると認めたときは、別に定める基準により使用水量の低減を行うことができる。
「非表現って、なんですか」
「見えないという意味です」
「この写真をご覧になればわかる通り、
ウッドデッキに出ても見えない位置にあるんです。
『非表現』にあたるのではないでしょうか」
「壁の中にある場合などを指しているんです」
「『など』ということは解釈に余地があるということですが、
名古屋市には救済する方向で解釈するつもりがないということでしょうか」
男性は気の毒そうな顔で私を見つめ、
「残念ですが、そういうことだと思います」
その言葉を聞いた時、善良な役人お二人を悩ませていることが苦しくなってきました。
「わかりました」
私のこの言葉を待っていたかのように、
「12月までにお支払いいただければ大丈夫ですから」
と、振込用紙を差し出されたのでした。
では、このバトンを、名古屋で活躍する岩田秀紀さんに託したいと思います。
きっと、ウィットに富んだコラムを毎日欠かさず更新してくれると思います。
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