リレーコラムについて

番台から世界を眺めて。

小山真実

祖父母は銭湯を経営していて、
子供時代の私と弟は、多くの時間をそこで過ごした。

お店は実家のななめ前にあったので、
長く病気をしていた父と、がっつり働いていた母に代わり、
保育園や習い事の送り迎えはおじいちゃんの担当。
毎日、運転の荒い軽自動車で私たちを連れ帰り、
釜を沸かしてお風呂を開けた。

母が帰ってくるまでの間、私はよく番台に上がった。
そこにある小さなテレビを見ながら、店番をするのが楽しかった。
相撲中継が終わるころ、おじいちゃんはお湯の様子を見に行き、
お風呂がホカホカになっているのを確認して戻ってくる。

最近、番台での接客には、
「マーケティング」の基礎が詰まってたんだな、と感じることがある。
もはやデジタルは前提になったと言われたり、
SNSの運営や「バズるコンテンツ」の企画なんかをしているときに、特にそう感じる。

ここで向き合っている人たちは、
5分後には裸になる人か、5分前には裸だった人だ。
信頼がなきゃ、商売はできない。

「こんばんは」「暑いね」「台風大丈夫だった?」
そんな話もしないうちに、代金をもらってはいけない。
冷たいコーヒー牛乳は、風呂上がりだからこそ美味しいんであって、
来店したばかりの人に豆へのこだわりを語り出すやつは馬鹿だ。
番台で石鹸やカミソリを買う人は、その日に使うものをサクッと買いたい人。
おトクだからってまとめ買いはしない。
ゆず湯や菖蒲湯の日だけやってくるお客さんにこそ「いつもの挨拶」が大事。

番台にいれば当たり前のことなのに、
仕事だと思って企画書を打っていると、ついそのあたりを忘れそうになる。

頭がこんがらがってきたときは、
番台から眺めていた、お客さんの顔を思い出す。
あの人たちの裸を思い出す。(多分1000人分くらいは余裕で見てる)
同じ要素を持っているはずの「ユーザー」は、
一人ずつ、まったく違うからだで生きている。

裸の時に言えないことを、言っちゃいけないと思う。
裸の時に聞こえることを、書きたいなーと思う。

今年新人賞をいただきました小山真実です。
いいアイデアを思いつくのは決まってお風呂、って人も多いんですって。
5日間よろしくお願いします。

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