知っているということ。
奥さんが、一発目のコラムを読んで不覚にも泣いてしまったと言っていた。
再度自分でも読み返してみたんだが、飲んだハイボールが目から出てきた。
出会ったのが大学時代だから、当然奥さんは俺の子ども時代を知らない。
俺も、奥さんの子ども時代を知らない。
ふだん一緒にいる子どもたちのことでさえも、知らないことはたくさんある。
これからは今以上に、親の知らないところで、すくすくと大きくなっていくのだろう。
世の中には、家族のことも含めて、知らないことがほんと多い。というか、
ほぼ「知らない」で埋め尽くされてる。
だからこそ、「知っている」ということは、非常に「貴重」なんだなぁと思う。
そんな貴重な「知っている」を、
ときに知らんぷりするのは、非常に勿体無い。
でも、
知っているけど、そうは言ってもねぇ。という出来事はたくさんある。
そんなキレイゴト言ってもねぇ
なかなか動けないんだよねぇ
で済ましていることばかりだ。
俺も。
あ、
「知っている」を超えるものは、
「している」なのかもしれない。
知っていると思っていたことも、実はぜんぜん浅くって、
知っているつもりになっていただけだったなんてことにも、
「している人」は気づくことができる。
それに、「している人」こそ、新たな「知りたい」に出会えている。
ちょっと何言ってるか自分でも分からなくなってきた。
娘がリビングで勉強しながら、「もーーーこんな漢字、知らないよーーー」と愚痴を言っていた。
俺は知っている。冷蔵庫にとっておいた俺のプリンを、きみが食べたことを。
まぁ、知らんプリンしているが。
そして、
俺は知っている。あの時の、きみの悔し涙を。
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