リレーコラムについて

移住は幸せか?

松田正志

前回、2018年に担当したリレーコラムでは「ニュージーランド滞在期」ということで、日本を出国してから帰国するまでに起こったことを書いてみた。帰国したての鮮明な記憶があるうちに書いた滞在期は、フレッシュではあるけれど「この移住はなんだったのか?」と振り返る余裕はなかったように思う。あれから、おかげさまでバタバタと仕事をしているうちにもう5年も経ってしまったので、いま移住について思うことを、誰の役に立つかもわからないけれど書いておきたい。(あくまでニュージーランドでの実体験ベースなので、他の国にあてはまるかはわかりませんけど)。

 

移住は面倒くさい。移住をするためには、いろいろと面倒くさいことをこなさなければならない。ビザ取得のためのいろんな申請、引っ越し手続き、車の輸送、現地での運転免許の取得、家探し、水道・電気・スマホ・ネットの加入、マイナンバー的な番号の登録…。これらすべてを英語でやる。いま思い出しても面倒くさすぎて卒倒しそうになる。ようやく生活がスタートしても、いろんなトラブルが襲ってくる。テレビが映らない。ネットがつながらない。家に虫が湧く。子供が病気になる。日本でも起こるささいなことだけど、いちいち「なんで?」という壁にぶちあたる。あるとき、僕は尿管結石を患いのたうち回るほどの痛みで救急車を呼んだ。病院に運ばれことなきを得たが、数日後、救急車を呼んだ費用として約10万円を支払うよう請求書が届いた。ワークビザを所持していれば費用はかからないはずので、病院に連絡すると「ああごめんね」みたいな感じで払わなくて良くなった。万事がこんな感じ。面倒くさいことが嫌いな人には、移住は地獄だ。

 

移住は人恋しい。海外であっても学校に行ったり、働いたりしていればおのずと知り合いはできる。けれど、プラベートな時間を一緒に過ごすまでの仲にはなりにくい。なので、休日は家族だけの行動となる。最初はそれでも楽しいのだけれど、だんだん人恋しくなる。この地球でひとりぼっち(家族はいるけど)になった気分になる。そんな想いが伝わるのか、誰からともなく日本人会や県人会的な集まりに誘われるようになる。ニュージーランドでは、招かれたそれぞれが食事をつくって誰かの家に集まる「持ち寄りパーティ」が主流だった。「ご出身はどちらですか?」「どんな仕事をしているんですか?」「Youは何しにニュージーへ?」と質問が飛び交う。出身も職業も動機もまぜこぜの人たちと、酒を飲んで話すのは楽しかった。芝がきれいな広い庭では、いつの間にか仲良くなった子どもたちがキャッキャしている。時間を忘れて、おしゃべりはいつまでも続く。またやりたいな、持ち寄りパーティ。

 

移住はままならない。海外暮らしをしていると、思わぬ方向転換を強いられることがある。たとえばビザ取得の条件などは、政治の傾き次第で簡単に変わる。移民を受け入れることを良しとしない保守的な政党が、選挙で票を取るためにビザのルールを厳しくしたりする。移民がきちんとビザ取得の準備をしていても、ルール変更によっていとも簡単にその計画は破綻する。また、仕事を失うこともしばしば。永住権を持っている者であればまた次をゆっくり探せばいいけれど、永住権を持たない者は無職イコール帰国なので大変だ。ワークビザを出してくれる次の雇用主をただちに探さなければならない。永住権を取るまでは、1年後にどうなっているかのまるで見通しが立たない。そんな宙ぶらりんで「ままならない日々」を送るのは、ちょっとしんどい。

 

そんな感じで、しんどいことが多かったものの、じゃあ行かなきゃよかったか?と問われると「行ってよかった」と本当に思う。でかいスーツケースを引きずり、家族三人で異国に踏み入れた日のことは生涯忘れられない。聞きなれない言語がBGMになるマーケット。はじめて出会う味に感動するレストラン。見知らぬ人から挨拶される朝の散歩道。目を閉じればココロ踊る記憶だけが蘇ってくる。じゃあ、そのままニュージーランドにいた方が良かったか?と問われると「帰ってきて良かった」と思う。移住している間、コピーライター業を離れて、そしてまた戻って「やっぱり僕、コピーやCMを考えるのが好きなんだ」と再確認できた。一度、広告業界を辞めたら、もう僕が戻ってくるバッターボックスはない。そんな覚悟で日本を飛び出したけれど、戻ってみればかつて一緒に仕事をした人たちが、一人また一人とかけてくれた。ままならない人生がなんとか回っているのは、そんな陰ながら見守ってくれる人たちのおかげなのだ。「ただいま。このひと言のために、旅に出る。」という好きなコピーがある。「ただいま」と言える相手がいる幸せ。僕はその幸せを、移住することで知った。みなさん、どうもありがとうございます(まじめか)。

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