リレーコラムについて

三島邦彦

「三島さん、自然数を無限に足していくと何になるかわかりますか。」

 

新橋のバルのカウンター席でその人は言った。戸惑いながら「無限ですか」と答えると、その人は少しだけ間をあけて「違うんです。マイナス12分の1なんです。」と微笑んだ。その時のめまいのような感覚を今も覚えている。

 

その人はA4サイズの紙を取り出して証明をはじめた。とてもわかりやすい説明をゆっくり聞いていくうちに、自然数の無限の総和はマイナス12分の1になった。

 

数学の形式的な論理を突き詰めていくと、直観に反する結論が現れる。ゲーデルの不完全性定理についての話が続いた。数学というのは、記号から成り立つ一つの世界のあり方なのだと思った。数学者たちへの畏怖を感じた。

 

数学と遠く隔たる広告の世界にも、ソリューションという言葉がある。ソリューション(solution)という言葉は、ラテン語の「束縛からの解放」を意味する言葉(solut)から生まれたという。(この言葉に「解」という字をあてた人のセンスが素晴らしい。)

 

広告のソリューションというものは、正解というよりは解放というニュアンスの方がふさわしい。正解はないけれど、何かを解放することはできるから。

 

広告クリエーティブという仕事は、あるいは広告企画という仕事は、解き方を作ることなのだと思う。こんな解き方もある、ということを示していく果てしない営為なのだと思う。だからこそ、すでにある解き方をもとにしている正解ではなく、あたらしい解き方こそを讃えたい。その解き方のあたらしさを祝福したい。

 

解き方を評価するのと、答えを評価することは少し違う。それは受験勉強の数学と、本来の数学が違うことに似ているかもしれない。(似ていないかもしれない)。そもそも解けていないものが多いので解き方に従う答えにも価値はあるという現実もあったりするけれど、あたらしい解き方を志すことがなければ、世界はどんどんつまらなくなっていくと思う。「傾向と対策」に縛られた世界から解き放つものがソリューションであってほしい。

 

TCC年鑑2023は、コピーライターやCMプランナーたちがどう解いたかという実例と、その実例を解き明かす選評とが凝縮されている一冊。解と解説を合わせて読むことで、広告という一つの世界が少し違って見えてくるはず。

 

数学者たちが解き方のエレガンスにこだわるように。解き方の発見に最大の賛辞を送るように、広告制作者たちは何を讃えるのか。TCC年鑑2023、おもしろいので、ぜひ一度読んでみてください。

 

あと、拙著『言葉からの自由 コピーライターの思考と視点』という本が宣伝会議から出ました。本屋さんなどでTCC年鑑2023のついでに読んでもらえたらうれしいです。

 

次回からはヘラルボニーの「鳥肌が立つ、確定申告がある。」で新人賞を受賞した長谷川輝波さんが担当です。ヘラルボニーというあたらしい解き方を持った会社にふさわしい、あたらしい解き方のコピーだと思いました。長谷川さんが新入社員の頃にこの人はコピーが書ける人だと思ったのですが、やはり書ける人でした。

 

長谷川さん、どうぞよろしくお願いします。

 

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