言葉よりも大切なもの
3月、娘は卒園式を迎えた。
慌ただしくも着実に準備が進むある日、娘は言った。
「練習に行きたくない」、と。
—
生来、恥ずかしがり屋の娘である。
失敗したら恥ずかしいから、とスイカ割りは参加せずに眺める。
運動会のダンスはふだん見ない人(祖父母たちである)がいるからできない。
たくさん練習したのに本番で踊ることができず、
夜に自宅でこっそり見せてくれたのは4歳の秋だった。
それでも幼児の成長は目覚ましい。
数十分に及ぶ発表会ではナレーターを務め上げ、
運動会ではリレーを全力疾走した。
あんなに失敗を恐れていた子が、跳び箱だって跳べるようになった。5段も。
卒園式の構成は、至ってシンプルなもので。
園児入場、卒園証書授与、卒園生の言葉、先生の歌、そして本人たちの歌。
保護者は各家庭2名までの少数精鋭スタイル。
6歳児にはなんのハードルもないと思っていた。思い込んでいた。
聞けば、園児一人ひとりが「大きくなったら」を言う場面が嫌らしい。
そうかそうか、やっぱりまだまだ恥ずかしいか。
でもファッションデザイナーになりたいって、紙には書いてたじゃない。
恥ずかしがらずに行ったらいいじゃない。
そんなふうに片付けることを、妻はしなかった。
—
「行きたくないのは、なんでだろう?」
「おおきくなったらを、いいたくない」
「言いたくないのは、なんでだろう?あまり練習していないから?」
「ちがう」
「みんなに教えたくないから?」
「わかんない」
「本当にファッションデザイナーになりたいのかが、分からないのかな?」
「そうかも」
恥ずかしいのは、人前だからではなかった。自分自身が迷っているからだった。
その迷いがあるのを隠して、みんなちゃんと言ってるからとごまかしたくはない。
芯のある思いを、でもどうすればいいかわからなくて、
そしてようやく表に出てきたのが「行きたくない」だったのだ。
—
そうして迎えた当日。
娘は、「おおきくなったら」を言うことはできなかった。
担任の先生がマイクで補足をしてくれた。
あの場にいた人は、「そうかそうか恥ずかしいのね」と感じただろう。
少し前の自分のように。
娘は当日までに何度も何度も練習していた。
「おおきくなったら、ファッションデザイナーになりたいです」
みんなと違うことはしたくない。でも適当にやり過ごすこともしたくない。
迷いは最後の最後まで、消えなかっただろう。
それでも練習する様子は、とても眩しかった。
だから私は、「言わない」という勇気ある選択を褒めてあげたいと思う。
大人になっても、なかなかできることではないのだから。
—
改めまして藤田です。
同姓同名の方が電通にいらっしゃるのですが、2022年に転職しまして、
「メガネの方のふじたく」から「LINEヤフーの方のふじたく」になりました。
今は全社のブランドコミュニケーションに加え、LINE MUSICのマーケティングを担当しておりまして、
せっかくなのでコラムのタイトルは好きな曲名にします。
言葉よりも、とか言ってますが2024年に初の著書
『伝え方で損する人 得する人』(SBクリエイティブ)を出版いたしまして。
言葉が大切だよってことばかり書いてしまいました。
伝えることの難しさを勉強する毎日です。
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