リレーコラムについて

記憶の中の光はいつもやわらかくて

服部タカユキ

昨日のコラムで嘘をつきました。
ごめんなさい。

糸井(重里)さんにはお会いしたことがない、と書いたのですが本当は一度だけお会いしたことがあります。

何年か前の新人歓迎パーティで、そのとき総務部の部長だったぼくが幹事会からの挨拶だけして、後ろに入っていた仕事に戻るためにクラブハウスを出て、表に続く階段を降りて数歩行ったところでばったり、

糸井さんにお会いしました。

こちらが「いま目の前にいるこの人はあの糸井重里であると気づいてじっとその憧れの糸井重里を見つめるコピーライターである」ことに気づいた糸井さんは心の底から「あーイヤだイヤだ」というような顔をしてからぶっきらぼうに一言、

「ここですか?」

と聞いたのでした。

「はい、そうです。」

とぼくは答えて、目礼をしてすれ違いました。
とてもドキドキしていました。

ええ、そうなんです。あなたがいまお尋ねになったのは

ぼくが大学の図書館であなたの仕事が全部載ってるという本に出会ってしまって以来「これになるのだ」と思い定めたコピーライターという人たちが集まる場所で、

昔は赤坂の小さなビルに事務局があって、

そこのベランダでは夏の空と裏の料亭の緑を眺めながらタバコが喫えて、

よく晴れた日曜日に、みんなでここに越してきて、

ここにあるホールオブフェイムという部屋は最初物置扱いだったけど、

いまはコピーの殿堂として、もう移転しちゃったけど隣にあった工業デザイン事務所の方に作ってもらったおしゃれな吊り下げ棚にはあなたの写真も飾られていて、

あなたのスペースの横にある仲畑(貴志)さんの殿堂入りの紹介文を書いたのはじつはぼくで、掲載前に清水(啓一郎)さんに見せたら全く赤字ナシでOKされたのがぼくの密かな自慢で、

その部屋には土屋(耕一)さんが寄贈された蔵書も「風の本棚」という名前で並んでいて、

その中にある西尾(忠久)さんの著書のうちの一冊にはゲラのときに使われたと思われるDDBのフォルクスワーゲンの広告を縮小した紙焼きが挟まっているのを知っているのはたぶんぼくだけで、

天井まである事務局の書類棚の半分はノベルティとして作ったけれど全然人気がなかったTCCオリジナル原稿用紙が長いこと場所をとっていて、

年鑑を買って「領収書ください」っていうと手持ち金庫からお釣りと印鑑が出てくるんだけどその金庫に鍵がかかっているのをぼくは見たことがなくて、

奥の部屋の棚にはなぜか授賞式で授与されなかった新人賞の熊のトロフィーがあって、

その横にある木箱に入っている文鎮にしか見えない文鎮はじつは文鎮じゃなくて昔のデザインのトロフィーで、

それを「この文鎮なんですか?捨てますよ」って言ったぼくが秋山好朗さんにメチャメチャ怒られて、

あそこにずらっと並んでいる年鑑はじつはデジタルスキャンのために一回全部バラバラにされてから製本しなおされたものだっていうのもたぶんみんなは知らなくて、

奥の部屋は冷房が全然効かなくて、

幹事会の部屋は暖房が効きすぎて、

玄関入ってすぐのトイレは便座がすぐに落ちてきて、

奥のトイレは鍵の調子がおかしくて、中から人が閉じ込められて、

洗面所の奥の倉庫は本当はお風呂場で、

ぼくは一回、湯船にお湯を張って入ったことがあって、

幹事会の日には一階の駐車場に岩永(嘉弘)さんのジャガーが停まっていて、

そこに停め損ねた名雪(祐平)さんが近くのタイムズからひらひらと手を振りな
がら歩いてきて、

その頃の名雪さんはまだ坊主頭で、

幹事会の部屋に入ると床屋にいったばかりの頭をした鵜久森(徹)さんがもう来ていて、

赤城(廣治)さんが後藤(国弘)さんのモノマネをして、田口(博史)さんが柴田(常文)さんのマネでそれに応えて、

事務局の矢間さんのスリッパの音はなぜか人より大きくパタパタと鳴って、

その音は晴れた日のクラブハウスの雰囲気にとてもよく似合っていて、

(越澤)太郎くんが「ハットリさん、会費は無料にできますよ」とかとんでもないことを言い出して、

で、実際に入会35年で会費免除になる制度を実証して見せて幹事会の度肝を抜
いて、

それよりずっと前の話だけれど、授賞式の前日の夜中に、当日司会をする予定だった谷山(雅計)さんが「鯛の骨がノドに刺さって声が全く出なくなった」といって大騒ぎになって、

代役の覚悟を決めてたら「ごはんをのんだら無事に治った」という連絡がきて、

そういえばぼくは自分が受賞した年にも幹事の手が足りなくて胸に大きな花をつけたまま授賞式の受付に立っていてそれをみんなにからかわれて、

そのときみんなでとったポラロイド写真はいまでもぼくの宝物で、

クラブハウスの玄関をあけると、ちりんちりんと鈴が鳴って、

下駄箱の上には和田誠さんのイラストが入った額縁が飾られていて、

そして、

その奥にあるキッチンの換気扇の前でタバコを喫っている梅本さんがこちらを振り返る。

ぼくにとってのTCCは、何を見ても誰かを思い出す場所だ。

さようなら。ありがとうございました。

「文章で黙る」なんてことを書いたのは自分なのだけれども、やっぱりなかなか難しいものですね。

ぼくたちはいつでも、すこししゃべり過ぎてしまう。

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