リレーコラムについて

頭の中に、にょろっと。

荻原海里

バガボンドという漫画の新刊を心待ちにしています。

宮本武蔵が村の荒くれ者から天下無双の剣豪になるまでを
信じられない画力とストーリー展開で描いている井上雄彦先生の名作。
剣と共に精神が研ぎ澄まされていく人間としての変化を読めるのは
この漫画しかないのではないかと思っています。

「強くなりたいではなく強くありたい」「強い人は皆優しい」といった
強さに関する言葉はどれも本当に魅力がありますし、
「我が剣は天地とひとつ。故に剣はなくてもよいのです。」「天下無双とはただの言葉」といった
乱発される一種の悟りとも取れるような言葉たちも、僕の心の中に理由なく残っています。

そんなバカボンドの中でずっと好きだったシーンがありました。
剣を極めていく武蔵が出会う2人の師匠。胤栄と石舟斎。
武蔵が迷ったり、剣を振るたびに2人がにょろっと頭の中に現れるんです。
今のいいじゃん。全然ダメだね。さっきまで良かったのに。
そこにいるはずのない人の声が聞こえる。2人の声が武蔵を導いてくれる。
師匠とはこういうことなのかなと、なんとなく感じながら読んでいて、
2人を拠り所にする武蔵の姿も、そこに存在する師弟関係のようなものもなんだかとても好きでした。

頭の中の声に導かれるという感覚。
もしかしたらこれなんじゃないか?という出来事がありました。
打ち合わせ中、企画を思いついた時、そこにいないCDの声が聞こえてきた瞬間。
まさに、にょろっと。武蔵の頭の中に住む師匠たちのように。
「それほんとに観たいか?」「これを観てこの商品の広告って思う?」「それ面白い?」
”〇〇さんのように考える”という感覚とは違う、自分の中の先輩が叫んでいる感覚。
自分の中に先輩たちの判断軸が根付いているのかもしれないと、
驚くと同時にとても嬉しくなりました。
仕事をしていても普段あまり感じられない、成長しているという感覚がそこにあったからです。

僕はとある研修で先輩が語っていた
「たくさんのCDと仕事をすることは、たくさんの判断基準を自分のものにするチャンス」
という言葉をずっと信じています。
見て学ぶ。盗む。という側面がとても大きいこの仕事の中で成長するには
たくさんのCDと仕事をし、ひとりのCDと長く仕事をするしかないと思って仕事をしてきました。
にょろっというあの感覚が、今まで頑張ってきたことが間違ってばかりではなかったと
少しだけ証明してくれた気がしてなりません。

僕たちの世代は明らかにCD(の立場)になるタイミングが早まっている気がします。
同世代たちが自分の案件をどんどん担当していく中で、僕は先輩の下で働くタイプとしてやってきました。
世間は早くCDにならなければという焦りを、日々どんどん大きくさせてきます。
他の場所で活躍している友人の姿や、別の場所ならばCDができる可能性のようなものを
SNSが毎日のように簡単に届けてくるから。

でも、そこには屈したくない。

CDになる前にやるべきことが、CDになったら学べなくなることがたくさんあって。
学ぶということ、吸収するということを武器にする道もきっとあるはずだと思いたい。
僕は弟子という立場が人よりも好きです。

バガボンドの中にもう1つ好きな言葉があります。
それは、武蔵をずっと気にかけているお坊さん沢庵が武蔵に届けにくる言葉。

「わしの、おまえの生きる道は天によって完全に決まっていて、完全に自由だ。」

当時は何を言っているのかさっぱりわからなかったのですが、
「制限の中でこそ、自由がある」という意味なんじゃないかと、今は理解しています。

広告は制限の中の自由の最高峰。
出発点やゴールが決まっているからこそ、広告は自由で面白い。
早く尊敬する先輩たちのように、この自由を楽しめるコピーライターになりたいと思っています。

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