太融寺の鮨屋で
岩橋孝治
原稿を書き上げたのは夜半を回っていた。
頭に心地よい疲労感が残っていた。
こんなとき、たとえば一倉宏さんは
西麻布あたりのまだあいているバーを思い出し、そこで創作の余韻に浸りながら
バーテンダーとしゃれた会話しながら水割りなぞを飲むらしいのである。
しかし、僕はは岩橋孝治であり、ここは大阪である。
しかも、晩飯をまだ食べてないのである。
「はらへった・・・」などとつぶやきつつ、まだあいている、何か食べさせている店を思い出した。
そこは太融寺の鮨屋だった。
知らない人に説明すれば、大阪の太融寺は、池袋の場末のようなところである。
鮨屋といっても、居酒屋を兼ねているような店である。
ラブホテルの間にぽつんと立っているような鮨屋でなのある。
ひとつあいているカウンターに滑り込み、適当に注文した。
その鮨職人とはなんとなく顔なじみだった。
軽いやり取りがあり、そのとき僕の職業に気がついた隣の男がぼそっとという感じで声をかけてきた。
「兄ちゃん、コピーライターか・・かっこええのう・・」
男は肩幅が大きかった。強いて言うなら顔はラッシャー木村に似ていた。
ほとんどからになったビールのコップをじっと見つめていた。
鮨職人がなんとなく目をそらした。
「かっこいいことなんてないですよ、得意先に無理いわれて、辛抱ばっかりですよ・・・」
あたりさわりのない答えと思えた。
男はコップを両手で握りしめながら
「辛抱か・・・・・」とため息をついた。
そして振り絞るような声で
「その辛抱を、ワシは・・・できんかった・・・・・!!」
男はひとしきり慟哭した。
ぼくはその小指のない左手をじっと見つめていた。
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