リレーコラムについて

おじゃましました

中島信也

 児島令子さんがかつてこのコーナーで、「ファースト・プレゼンに愛をこめて」というコラムを発表されておられたことを覚えておられますか?それは、考えぬいた末に打ち合わせで発表した自分のコピーが、その場にいるみんなから「いいね!」と言われたとき、コピーライターをやってきてよかった、と感じる、という内容のものでした。

 繊細にして自分のことを絶対に信じ切る児島さんの強さに僕はえらく感心したのと同時に、CMディレクターをやっている僕はどうなんやろ?と、思いました。さあ、この部屋を出なくてはいけない時間が刻一刻と迫ってきています。ここらでCMディレクター中島信也のCMディレクターとしての人生に迫っていかないといけません。

 結論から言うと、なんといっても「撮影」なんです。CMディレクターという人種にとって最大のイベントは。アニメーションみたいに直接撮影をしない仕事もありますが、それでもなんといっても中心は「撮影」なんです。

 CMディレクターの仕事は御指名によって始まります。コピーライターやCMプランナーからの御指名、またはその意向を受けたプロデューサーからの御指名によってスタートします。場合によってはクライアントからの御指名、あるいは出演するタレントからの御指名もあります。

 コピーライティングCD(なんじゃそりゃ?)からの突然の直電ではじまることもあります。「あもしもし?しんやちゃん?元気?どうした?あのTCCのコラム。『コラムり』ってちゃんと言った?いや僕は読んでないけど。わかった読む読む今度読むか・ら・サ。でね。」この「でね」以降が肝心です。「でね。例の、あの女社長の件。そうそう!あれ、やることになったから。いや、しんやちゃんが。演出」強引ですがこんなときもあります。

 ともかくなんらかのかたちで御指名を受けたあとは、打ち合わせに入ります。打ち合わせはその仕事の進み具合によって様々なパターンを展開します。白紙の段階なのか、ある程度企画がきまってきているのか。また、クライアントに提案したあとなのか、これからしようとしている段階なのか、によって。

 児島さんとごいっしょさせていただいている仕事なんかは、ふたりでクライアントのCDからのオリエンを受けます。その場であほなことを一万個ぐらい言って「それやそれ!それおもろいわぁ!」ってひとしきり笑って一旦解散。何日かおくと児島さんからその打ち合わせを反映した強烈なシナリオがあがってくる。それをじっくり堪能させていただきつつその時点でまた、あほなことを一万個ぐらい言いあいます。ここにCDが乗ってくればしめたもので、案の方向性を固めて再び解散。こんどは僕が少しお時間を頂いてプレゼン用の企画の絵コンテを作ります。

 まだ撮影のための具体的な演出コンテではないのですが、僕の頭の中はすでに「撮影」を前提に回転しています。これは撮影たいへんやぞー、とか、よーし、ああやって撮影すればええな、とか、へたしたらこれ、撮影でけへんぞ、とか考えながら絵コンテを作っていってる。

 ここやと思います。CMディレクターの、コピーライターやCMプランナーとの考えるプロセスの大きな違いは。CMディレクターはいつなんどきでも「撮影」を中心に生きているのです。

 どんな巨匠ディレクターでも第一回目の撮影にはしびれたはずです。自分の仲間であるはずの撮影部、照明部、美術部。その親玉連中にはハナシがついていても、こわいこわい助手さんたちとは現場で初対面。「なんじゃこいつ?こいつがカントク?」という恐ろしい眼差しが嵐のように降りかかります。現場で発せられる怒声が、自分への罵声にしか聞こえない。背後には疑心暗鬼な表情でふんぞりかえっている背広組。クライアントと担当の営業さん達です。

 こうなってくると「スタジオ」という名の四角い箱は、「スタジアム」と化し、僕に「戦え!倒れるまで戦え!戦うんだジョー!」との雄叫びをあげます。

 恐怖のスタジアム。この恐怖を乗り越えたものだけがディレクターとしての第一歩を踏み出すことができる。この試練をかいくぐった者だけがCMディレクターを名乗ることができるのです。撮っても撮っても消えない恐怖を何年も何年もかかって征服していく。そうするうちにやがて、最初は罵声にしか聞こえなかったスタッフ達の声が、歓声にかわっていく。背広組の愚痴がやがて、僕への応援歌にかわっていくのです。

 スタジアムではCMディレクターはまちがいなくピッチャーです。コピーライターやCMプランナーがキャッチャー。サインをだしたり、時にノーサインだったり。CDは監督です。ドーンと構えている人もいれば、細かく指示をだす人もいます。バッターにあたるのが、これはちょっと面白いんですが、自分が作った演出コンテのワンカットワンカットなんですね。

 このワンカットワンカットを相手に、あらゆる球を投げてゆく。野手はスタッフです。鍛えられた連係プレーでピッチャーをバックアップしてくれます。背広組はフロントです。オーナーであるクライアントの動向に営業さんは目を配ります。この陣容でワンカットワンカットをものにしていくのです。

 最後の打者がバッターボックスに立ちます。スタジアムには疲労の色がにじみ出ています。見守る観衆(寝ている人もいます。退屈するクライアントを気づかって飲みにいっちゃってる背広組もおられるかもしれません)

 「カット!オッケイ!!」すぐさま撮影助手がカメラをチェックする。「ゲートオッケイです!」「お疲れ様でしたぁーっ!!」全員の拍手。背広組のスタンディング・オベイション!この瞬間です。この瞬間、それまでのすべての苦労がぶっ飛びます。もちろん、そこからCMの完成にむけてあらたなる地獄の攻防が待ち受けていることは知っていても。僕は完投したピッチャーです。CMディレクターやっててよかったなぁ、って思うこの瞬間・・・これがあるからやめられまへん。つまり、僕達CMディレクターにとって「撮影」こそが世界なのです。

 コピーライターの皆さん、CMディレクターのメンタリティーが少しはわかっていただけたでしょうか?理論より実践。企画より演出。プレゼンより撮影。これがCMディレクターという人種なのです。

 さあ、金曜日。あしたにはこの部屋を出ていかなくてはなりません。あっというまに一週間がたちました。なんか、ちょっと寂しいですが。TCCにとっては異物混入の一週間でしたよね。はい、ぷりっと出て行きます。腸内の正常化のためには、このバトンを問答無用の大コピーライターにお渡しする義務があります。そこで、1984年、最初に愛しあった相手にお渡しすることにしました。「きこえてくるのは岩崎俊一さんいのちです」僕は、出て行きます。

 おしまいに児島令子さん、日本シリーズよりも熾烈であろう試合の方はどうだったでしょう?

 さあ、ほんとにほんとにおじゃましました。お勘定、ここにおいときます。おつりはTCCのために活用して下さい。なにせ僕、会費払ってませんから。え?足らへん?うわ!すんません!ちょっと立て替えといて下さい、えっと、名前は、CMディレクターの中島信也です。(終)

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