地べたが好き。
岩崎俊一
いまだに飛行機になれない。
ことしも3度海外に行ったけれど、着陸した瞬間の安堵感は、あいかわらず格別なものがある。ああ、今度も生きのびたと大げさではなく思っている僕をどうぞお笑いください。
9月にパリに行った時のことである。ずっと寝不足だったせいで、搭乗したとたん睡魔におそわれた。機内食も食べずこんこんと眠っていたのだが、闇の中で、ふと目がさめた。
寝ぼけていた。ここはどこなんだろうとぼんやり思っていた。しばらくして、あ、飛行機の中だ、と気づいた。ということは、この床の下には地面がないんだ。
その時感じたのは、恐怖というより、とほうもない心細さであった。ああ、僕たちの生活とは、なんと頼りないものであるのか。科学や文明によりかかって、その利便を吸いとって生きてはいるが、僕たちが磐石と信じているもののすべては、この床一枚に支えられているのだ、という思いである。
3年前、事務所のスタッフで台湾に行った。折しも台風の余波で、飛行機はよく揺れた。それでなくても荒れる台湾上空は、その時相当スリリングな状態になっていて、向田邦子さんのことなど頭をよぎり、ああ、岩崎事務所もこれまでかなどど、からだがじっとり汗ばむほど恐怖におののいていた。
ところが、着いてからその話をしても、スタッフはケロリとしている。海外が初めての岡本(わが社が誇るコピーライター)ですら、「何かあったんですか」とのん気なことを言う。えー、お前たちはぜんぜん平気なのか。スレたよなあ、日本人も、と僕はつくづく思ったものである。
思い出すのは、27年前の、僕の初めての海外旅行である。成田(え、成田はまだなかったっけ?)に着陸したその瞬間に、機内全体に拍手が広がった。ええ、僕もしましたとも。あれは、無事着いた、ホントによかったよかった、というみんなの正直な気持だったんだろううなあ。まだ、日本人が、飛行機にも、外国にもなれない時代のなつかしい風景である。
まあ、僕はこの先も、飛行機が平気になることなんてないでしょう。しょうがないよね。それにしても、みんななぜ平気なんだろう。
あの床の下には、なんにもないんですぜ。
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