リレーコラムについて

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佐藤司郎

7年前。僕は29歳になるちょっと前。
会社を辞めてからずいぶん時間が経ち、
バンドの未来も見えず焦燥感を抱えながらも
まったく働く気はありませんでした。
なんというか意地になって頑に労働を拒んでいたのです。
ただひたすらバンドの練習に励んでいました。

退社以来、ずっと友人の家を泊まり歩いていたのですが、
いちばんよくしてくれたAくんが引っ越してしまうことになり、
遂に窮地に追い込まれました。
住むところがなくなるという感覚は初めてで、
あせった僕は部屋を借りるお金を
母にお願いしようと電話しました。情けない話です。
母はお金はかさないけど
家に住んでもいいわよと言いました。
実家は新築するために取り壊すことになり、
父と母はしばらくの間、社宅に住むとのことでした。
水道もとまっちゃうけどね。母はそう言い笑いました。

1975年に父が建てた家は予想以上に年老いていました。
解体工事は既に始まっていて床は剥がされ、鉄骨は剥き出しになっていました。
そのうちにガスがとめられ、電気がとめられ、やがて水道もとまりました。
トイレは近くの駅のスーパーマーケットで。週に1度、銭湯に行きました。

壁が壊され、階段は半壊し、ギターの弦は錆び、
預金も尽きようとしていた或る晩、
公衆電話ボックスから先輩のTさんに電話しました。
素晴らしいタイミングでした。Tさんの声はまさに天使の囁き。
彼はちょうど僕に電話しようと思っていたのでした。
某外資系IT企業のデザイン室がコピーライターを探していたのです。

物理的な意味で崩壊を迎えようとしている家を出た僕は、
面接の席で、ポジティブな発言を繰り返し、無事、採用されました。
これでお金をためて家を借りることができる、
おれは何て強運なんだと、エリミネーターの車上で呟きました。

わけのわからない日々でした。テレビもラジオもない場所で過ごしていると
どんどん弱気になることを知りました。
最近、古いマンションを買いました。いまリフォームの真っ最中です。
キッチンとお風呂は壊され、鉄骨は剥き出しになっています。
でもあの時のように淋しくはありません。
あの時の淋しさがちょっと恋しいです。

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NO
年月日
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