体
ジヨン・カーワン。アイルトン・セナ。成嶋竜。
テリー・ブラッドショー。リン・スワン。マッケンロー。
好きだったアスリートは、みんな勝利の瞬間さえどこか悲しげだった。
スポーツは死のリハーサルなのだ。
その甘美な世界は、ぼくにも扉を開いてくれるだろうか。
言葉が意味を失い、ただの肉体になれる一瞬に憧れて
一時期、極真の道場に通っていた。
その日のスパーリングの相手は
やがて全日本に出場することになる黒帯の先輩だった。
間合いを詰めようと数センチ動いた次の瞬間、
ぼくは顔面を覆い、呻いていた。
おそらく、右の上段廻し蹴りが鼻にヒットしたのだろう。
どうやって蹴られたのか。
その軌跡さえ、認識できなかった。
いま、いったい、何が、ぼくの体に起こったのか。
しなやかな蹴りが、ぼくを言葉の引力圏外へと弾き飛ばす。
恐怖と引き換えに肉体は世界から自由になる。