三発目「黒」
今から20年ほど前、
黒に取り憑かれた時期がある。
それもテッテー的に。
それは洋服に留まらなかった。
当然、部屋も真っ黒け。
黒いブラインド、黒い冷蔵庫、黒いテーブル、
黒いシステムキッチン、黒い食器、黒い便器、
黒いクローゼット、黒いカーペット、黒いシーツ、
黒いベッド、黒い単車、黒いティッシュBOX,
黒いクルマ、近所で手なずけたノラ猫も黒。
既製品がなければ、
カッティングシートやペイントスプレーを
買ってきてD.I.Yして黒に変えた。
もうマジでビョーキだったんだと思う。
黒しかクローゼットに掛かってないから
それを毎朝、右から順番に着ていく。
帰ってきたらその日に着たスーツは左側に掛ける。
だから、ヘビーローテーションの服なんてなかった。
シャツも同じ有り様だった。
御用聞きのクリーニング屋の兄ちゃんに、
黒ばかりのスーツを5,6着預ける。
クリーニングされて帰ってくると
ジャケットとパンツが間違った組み合わせになってる。
同じブランドのモノばかりだったから、
そのたびに、自分でタグを見て品番、素材などを
照らし合わせてセットアップし直した。
それも苦ではなかった。ぜんぜん平気だった。
そういえば靴下の洗濯にも手こずった。
ぜーんぶ黒だから、洗濯するとどれがペアか
一見すると判別できない。
パズルのようにリビングに並べて、
時間を掛けて靴下のペアをつくった。
黒に囲まれていると、激しく安心した。
なぜ、そんなふうに狂っていたのか。
理由すら忘れてしまったけれど、
そこまで血道をあげられるものが、今、自分にあるのか。
考えると、ちょっと狂ってみたくなる。
「自分に自信のない人って黒を着る」
ある人に言われたひとことが、今さらながらしみ入る。
まあ、それはそれ。