ヤシャゴノオイ
私は、人の名前を憶えない。いや、正確に言うと、会った人の名前しか憶えられない。人の名前には色んなモノが刻まれていると思う。会った人の具体的な人物がその名前に刻まれるまでは、ぼんやりとしか憶えていないのだ。だから、時に大失態を犯す。
私が新人賞を取ったのは昨年。会員になると、知っている名前ではあっても知らない人とたくさん会う機会があり、いろんな方々と話をさせてもらった。「ああ、この人が。ああ、あのコピーの。」毎回、会って話すたびに、その人物と名前が一致し、楽しかった。
そんなことを経験する日々が続き、いつしかそういうことにも慣れていった。いつもぼんやりと眺めていた、TCC年鑑の分厚い紙束の中に書かれた人物の名前に、私が体験した人物像がくっついては、記憶された。どんどん自分の中に、新しい名前が増えていった。
そしてある日、新人賞作品の展示会なるものが開かれることになり、私はその受付のような係を引き受けることになった。新人と会員の方がコンビを組むことになっていた。午前中は鵜沢さん。ああ、あのCMの。知っていた。そして午後は梅本さん。
梅本さん…?
自分の中で、名前とコピーが一致しなかった。事前に誰と組むのかは知らされていた。だから、行く前に調べておこうと思っていた。でも、そんな余裕がない忙しさだった。いや、忙しさの中で忘れていただけだったかもしれない。いずれにせよ、この「?」を残したままその展示会場へ、すでに着いてしまったのだ。目の前に当人がいる。幸い、こっちは新人だった。そしてもう一つの幸いは、梅本さんがとてもやさしそうな風貌だったこと。ここに甘えが生じた。そして…
「あの、たいへん失礼なのですが、どのようなコピーを…?」
「いや…昔、無印良品をちょっと…。」
そのやさしい一言で、私は完全に凍りついた。私の手元にある10年分ほどのコピーした年鑑の中の、無印良品の作品群が、ドーンとのしかかってきた。
何てバカなことを聞いたのか!
よく、大胆だとか強心臓だとか言われるが、その悪い面が出た。しかも大胆に出た。無知というものの恐ろしさを恥じた。今もその場面を思い出すたびに、「ああ、何てことをしてしまったのだろう」と反省ばかり。おかげで梅本さんの名前と人物は、二度と離れることはない強さで結びついたが…。
それからも、相変わらず人の名前を憶えない。やっぱり憶えられない。もう新人という特権もない。さすがにその時以来、発言には慎重になったものの。
後日。あんな失礼なことをしたにも関わらず、TCC総会後のパーティで挨拶をしに行くと、梅本さんは、あの時と変わらないやさしい口調で話しかけてくれた。ものすごく嬉しかった。
梅本さん、あの時は、本当に失礼なことお聞きして、申し訳ございませんでした。この場を借りてお詫びいたします。そして、ひょんなことから仕事をご一緒させていただいている赤城さんが梅本’Sチルドレンであるなら、孫、いや玄孫のさらに甥くらいのところのポジションに置いてもらえませんか。
あれ? また大胆に、失礼なこと言ってます?
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