リレーコラムについて

新しい弟。

高田伸敏

10年くらい前の、ある正月のことだった。
実家に帰った僕と弟は、珍しく父と3人で、ぐだぐだと呑んでいた。
ずいぶんと酔いが回ってきた父は、息子二人にこう言った。
「おまえたちに弟がいたら、どうする?」
どうするって、まさか55歳の母が妊娠?
なんて、あるわけがなかった。
父が避妊というものを一切しなかったため、しまいには子供が5人もできて、
母はわざわざ卵管の手術までしていたのだ。逆パイプカットってやつだ。
まあ、つまりは、父は外に子供がいるってことを言いたかったらしい。
外でも避妊などしないであろう父の発言は、極めて信憑性が高い。
さすがに驚いた僕たちは、厳しく問い詰めた。
開き直ったように父は、もう一度冒頭のセリフを吐き、そして眠ってしまった。
彼の勝手な生きざまは、そうやって、時々、僕たち兄弟を困らせた。
ただ、不思議と、もうひとり兄弟がいても、
なんだか楽しくていいかもな、と思った。
弟も、同じことを思ったらしく、しばらくわくわくしながらふたりで話をした。

今年の3月に、その父が危篤になった。
病院のベッドで「伸敏を呼べ」と言った父に会いに、僕はすっとんで帰った。
「おやじ、どうした、何か俺に言いたいことがあるのか?」と聞くと、
父はこう答えた。
「おまえ、誰だ?」
そんなボケはないだろ、こんな時に。と思ったが、
父は、そのボケた状態のまま、集中治療室と病室を行ったり来たりした。

それから、1ヶ月後、父は亡くなった。末期ガンだった。
遺影は、母が選んだ。2年前のクラス会での写真だった。
なぜだか、父が昔のガールフレンドと映ってるツーショット。
「これが、一番いい笑顔なんだよね」と母は言った。
結局、それをトリミングして使うことにした。
あんた、妻だろ。と思いながら、そんな写真を選ぶあたりに、
すげえ女だなあ、と僕は関心していた。

告別式が終わり、火葬場からの帰り、小さくなって箱に入った父を抱えながら、
僕は、10年前のことを思い出していた。
告別式に、彼は来たのだろうか。どこかで知らせを聞いていたのだろうか。
やっぱり、父を恨んでたりするんだろうか。ほんとは、いないんだろうか・・・。
今もまだ、新しい弟には、会えていない。

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