新しい弟。
10年くらい前の、ある正月のことだった。
実家に帰った僕と弟は、珍しく父と3人で、ぐだぐだと呑んでいた。
ずいぶんと酔いが回ってきた父は、息子二人にこう言った。
「おまえたちに弟がいたら、どうする?」
どうするって、まさか55歳の母が妊娠?
なんて、あるわけがなかった。
父が避妊というものを一切しなかったため、しまいには子供が5人もできて、
母はわざわざ卵管の手術までしていたのだ。逆パイプカットってやつだ。
まあ、つまりは、父は外に子供がいるってことを言いたかったらしい。
外でも避妊などしないであろう父の発言は、極めて信憑性が高い。
さすがに驚いた僕たちは、厳しく問い詰めた。
開き直ったように父は、もう一度冒頭のセリフを吐き、そして眠ってしまった。
彼の勝手な生きざまは、そうやって、時々、僕たち兄弟を困らせた。
ただ、不思議と、もうひとり兄弟がいても、
なんだか楽しくていいかもな、と思った。
弟も、同じことを思ったらしく、しばらくわくわくしながらふたりで話をした。
★
今年の3月に、その父が危篤になった。
病院のベッドで「伸敏を呼べ」と言った父に会いに、僕はすっとんで帰った。
「おやじ、どうした、何か俺に言いたいことがあるのか?」と聞くと、
父はこう答えた。
「おまえ、誰だ?」
そんなボケはないだろ、こんな時に。と思ったが、
父は、そのボケた状態のまま、集中治療室と病室を行ったり来たりした。
★
それから、1ヶ月後、父は亡くなった。末期ガンだった。
遺影は、母が選んだ。2年前のクラス会での写真だった。
なぜだか、父が昔のガールフレンドと映ってるツーショット。
「これが、一番いい笑顔なんだよね」と母は言った。
結局、それをトリミングして使うことにした。
あんた、妻だろ。と思いながら、そんな写真を選ぶあたりに、
すげえ女だなあ、と僕は関心していた。
★
告別式が終わり、火葬場からの帰り、小さくなって箱に入った父を抱えながら、
僕は、10年前のことを思い出していた。
告別式に、彼は来たのだろうか。どこかで知らせを聞いていたのだろうか。
やっぱり、父を恨んでたりするんだろうか。ほんとは、いないんだろうか・・・。
今もまだ、新しい弟には、会えていない。
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