原っぱ
子供の頃は、都内にもあちこちに原っぱがあった。
学校が終わるとそこで野球をし、缶ケリをし、
駄菓子を食べたりしていた。
原っぱにはなにもない。なにもないから飽きなかった。
原っぱが好きだ。自分の元型は原っぱでつくられたかもしれない、
といえるくらい、その言葉の響きも。
最近は美しく整備された芝生の公園なんかもあるけれど、
あれを原っぱとはいわない。心がときめかない。
ジョン・ハフ・ジュニアという作家の、
「コンダクト・オブ・ザ・ゲーム」という小説がある。
1950年代のアメリカで、野球好きだった少年が、
やがてメジャーリーグの審判をめざすという青春小説。
その中に、僕の大好きな文章がある。
『あれはいつ終わったのか?僕たちが最後にこの原っぱで野球をしたのはいつの日のことだったのか?最後の試合、最後にバットを振ったとき、最後にアウトになったときがあったはずだ。僕たちはそれが最後だとは知らずに、自転車に乗り、春の黄昏のなかを家に帰ったのだ。』
10年ほど前に東京を離れ、誰に言っても「どうして?」と
驚かれる埼玉の北のほうに住んでいる。
どこを歩いても知った顔に会う町がわずらわしくなって、
とにかく誰も知らないところに行ってしまおう!と
勢いだけで越してしまった、本当になにもない町だ。
だけれど、いいことがひとつある。
本物の原っぱがあるのだ。
武蔵水路という水の流れに沿って、
家の近くから5kmほどの遊歩道があり、そこを30分かけて
ぶらぶらと歩いていくと、その先に原っぱが広がっている。
公園と名がついているが、ちゃんとした原っぱ。なにもない。
休みの日、僕はひとりでよくそこへ行く。
草の上にしゃがんでタバコを吸い、走り回っている子供や犬、
空なんかをただ見ている。なにも考えない。見ているだけ。
天気予報によれば、あしたは秋晴れ。
今夜このコラムを終えたら、旨い酒をたくさん飲んで、
あすの午後はあの原っぱでのんびりしよう。
本当は土曜まで書くのがルールらしいけど、
ごめんなさい、原っぱで休ませてください。
一週間、失礼しました。
来週からは、僕の良き先輩、ADKの江上隆夫さんに
バトンを渡します。江上さん、よろしくお願いします。
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