エガミの幻の食卓 その一
牡蠣。
牡蠣は牡蠣なのだが。
じつは、やけに小さい。
いま思えば大人の親指の爪の大きさ。
下手をすりゃアサリに負ける。
ハマグリにはとうに負けてる。
大陸の高気圧が東シナ海をわたる風を
けちょんけちょんに冷たくする頃になると
昭和40年そこそこの、九州の西の端っこの島では
天秤棒をかついだ姉さんカブリのおばさんが
その小さい小さい牡蠣を売りにきていた。
波の寄せる岩場でしぶきをあびながら
きっと「へら」のようなものでひっぺがして
剥き身にしたものを島の裏側の集落から売りにきていた。
それを、祖母がどんぶりに一杯買う。
お椀に小さい小さい牡蠣をおたまで入れる。
大根下ろしをその中央にちょんと座らせて
庭先からもいだ橙をジューと音がするほど掛け廻して
しょうゆを「の」の字にたらす。
で、生の小さい小さい野生の牡蠣を
お椀ごとちゅるちゅる啜るのである。
軒っ端が風を切る音を聞きながら。
ちゅるちゅる、ちゅる・・。
濃厚さのどこにも見えない
まっすぐな、いっそ爽やかな
ショーネンのような味。
その集落も過疎でとうの昔に誰もいなくなり
そんな手間をするおばさんもいなくなった。
ちゅるちゅる・・だってさ。
いまだったら熱燗、だな。
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