おじさんハナコ
おじさんハナコ。そう呼ばれていた。
美味しいお店という記事を目にしただけで、
トコトコ出向いていった。
「旨い、美味しい」という文字を見ると、お尻がムズムズする。
戦後の食糧難のとき3〜5才ぐらいだったから、
そこのDNAだけが強くなったのかも知れない。
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食の話、エッセーもよく読んだ。
内田百聞、吉田健一、高橋義孝、池波正太郎…。
食べ物のウンチクとなると、
デザイナーも、コピーライターも、演出家もうるさい。
特にカメラマンは一歩も二歩もうるさい。
あそこのトンカツは旨い。と一言いうものなら
イヤイヤあそこの油は強すぎる、とか
黒ブタを使っていないからニセモノだ。
あの店は、トンカツよりメンチがいい。
文豪が愛したお店だよ、と「サライ(雑誌)」の受け売りをすると、
当時はそのお店しか無かったんだよ、
第一、文豪の舌がそれほど勝れている筈がないだろう。
駄目だよ、コピーライターって頭で食べるから、
食は舌だよ。舌!
時にはオモテニデロと喧嘩になった。
そんなことから、先輩、同僚、後輩、多くの仲間が、
いろいろなお店に連れて行ってくれた。
(けしてご馳走してくれるワケではない。ほとんどが、ワリカン。
中には案内料だと言って、こちらが出した。)
あッ本当に旨い。と言うと、
誘ってくれた人は得意満面、素敵な笑顔になる。
多少マズくても、食料難の時代に育っているから平気だ。
食べ残す等と、陛下に失礼なことはしない。
お百姓さんありがとう。戦地の兵隊さんありがとう、である。
仲間がふえると、いろいろなお店を知ることになる。
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酒も同じである。
ベルギービールがいい、と言われれば
ノコノコ神保町の「ブラッセル」まで出かけ、
シングルモルトウイスキーがいま主流と聞けば、素直に出向く。
いまは地酒ですよ、と耳打ちされれば虎の門の「鈴傳」へ行く。
日本酒の十四代が飲めますよで、大塚の「串駒」まで行った。
そのうちγ-GTP、中性脂肪、糖尿の数値が高いと言われ、
気の弱さから「焼酎」に切り替えた。
今年は沖縄ブームと言われ、昨日は泡盛を飲み、
終電に間に合わなかった。
ことほと左様、情けないが節操がない。
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土曜日の夕方、誘われた。
中央線の国立にある「松ちゃん」という焼鳥屋だ。
山口瞳の「居酒屋兆治」のモデルにもなったところだ。
2人でビール2本と焼とり。
もう一本飲もうよと言ったら、
A君が出ましょう、外で待っている人がいると大きな声で言う。
ハイ、ハイお勘定と、外に出た。
怒っている。僕のことではないらしい、安心した。
「今日は土曜日ということで特別、女性だけでもいいんですよ。
普段は、男性同伴以外、女性同士ののお客は入れないんですよ。
女人禁制、高野山だね。(店内はコの字型のカウンター)
向こうに5人の女性客がいたでしょう。」
「ウン、OLみたいだったね、キミも相変わらずオンナ好きだね。」
「そうじゃない!僕たちが入る前から飲んでいたでしょ。
ビールも空、焼とりも冷々して転がっている。
おしゃべりに夢中。ギャハハハと笑っていた。
ルールを知らないんだよ。
焼とりなどというものは、焼きたてをパッと喰って、
ビールをサッと飲んで、ハイお勘定。
それがルールですよ。席が空いていれば、まだ許される。
だけど作業服を着たオジサンや、仕事帰りの勤め人が何人も、
何組も覗いて帰っていった。気配りがない。
俺の街の焼鳥屋『松ちゃん』だよ。」
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下町でも山の手でも、古くからある居酒屋は
お店と地元のお客さんとで育てたものなのだ。
暗黙のルールがある。タウン誌に載っていて、値段も安いから、
だけでその雰囲気や人情を壊して欲しくないものだ。
以前、森下の「魚三」であったこと。
満員だから、帰ろうと2・3歩、歩いたら
「兄さん空いたヨ!!」と呼び止められた。
お店の人ではなくお客さんに。
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わが家の娘たちにも言っている。
オジサンたちが多く座っている居酒屋に行ったら、気配りしろ。
●まず、多勢で行くな。5〜6人で行くなどもっての外である。
●時間は1時間、長くても2時間以内にはお店から出ること。
●注文は、手軽なものから、例えば「冷奴」、枝豆など。
焼魚など手の込むものは後から。おすすめ品はこの限りではない。
●並んで待つのはやめろ。中で飲んでいる人が落ち着かない。
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数少ない経験で言うのも恐縮だが、
湯島の「シンスケ」、築地の「魚竹」などは、居酒屋の名店だと思う。
何を頼んでも本当に旨いし、お客さんもその辺を心得ている。
洋酒なら、銀座の旧電通の裏にある「スラッグス」B1。
酒の種類が驚く程多い。
マスターも勉強して、質問に答えてくれる。
趣味もいい。開高健が書いていたけど、
「酒は男の学校だ。」と。女性にも学んで欲しい。
この原稿を5本も毎日ワープロして、
TCCにメールしてくれたN畑嬢にお礼を込めて、
「シンスケ」へ行こうと思う。
川上弘美の「センセイの鞄」(文春文庫)のように。
ツマミは、まぐろ納豆、蓮根のきんぴら、塩らっきょう。
酒は、両関の常温で。
次のタスキは、アサツー時代の同僚、征矢徹さんに渡します。
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