リレーコラムについて

砂と青の旅 <廃都篇>

岩井俊介

昨日からのつづき。

夕方。
「右、ドゥッガの廃墟」の看板。
急ブレーキ。
ひたすら細い山道を登ってゆく。
ほんとにこの先にそんな名所があるのか、と少々心細くなり、
引き返そうか、と思った頃それは現れる。

モロッコからチュニジアにかけては「マグレブ」と呼ばれる。
「日の沈む場所」という意味。
「日の出ずる国」から来た旅人にとってはこの世の果て。
マグレブの夕陽は、空気中の砂のせいか、
独特の透明感あふれる色彩を持つ。
そのマグレブの西日に照らされて、
巨大なローマ時代のアリーナ、住居、市場、神殿などの廃墟が、
はるかサハラへと続く草原を見下ろす丘の上にたたずんでいる。
時間が時間だけにほかの観光客はなく、無人。
ただひとり、2千年前の都市と対峙する。
命を失った建築の上に、その命を主張し、咲き乱れる花。
草を食むロバ、一頭。

およそ名所旧跡なるものはサラリと見るタイプなのだが、
体の中の何かを、強くわしづかみにされる。
ここはただの遺跡じゃない。
都市の廃墟なのだ。
都市に生まれ、都市で暮らす人間が、
都市の死を目撃する。
100年も生きられない存在が、
2千年を超える存在感の前で圧倒され、立ちつくす。

ここドゥッガも、カルタゴも、
ローマ時代の都市は神殿、住居、商業施設、アリーナ、風呂が
パッケージになっている。
あることに気づく。
住宅。商業。アリーナ。スパ。
宗教施設こそないものの、
「六本木ヒルズと同じだ」
僕たちの都市は2千年後、
どんな姿を残しているのだろう。

ル・ケフという小さな町。
5つ星、4つ星は望むべくもなく、
町外れの小さな、でも感じのいい3つ星ホテルに宿を取る。
見上げると、
襲いかかってくるような数の星。

翌朝。
さらに南へ。
オリーブ畑も、緑も減り、
緩やかに荒涼とした風景になってゆく。

幹線道路を飛ばし続ける。
集落の入り口や交差点には必ずパトカーと警官がひかえている。
今年正月、路上にクルマより荷馬車のほうが多いルーマニアの田舎道で
ハイウェイ(!)パトロールにつかまった経験を思い出し、少々警戒。
しかしこの国の警官はみな実に感じがいい。
運転しているのが異邦人の観光客と知ると、
誰もがにっこり微笑み通してくれる。
窓を開けろというので、免許を用意し身構えると、
「ボンジュール!」と言うだけ。
免許など見ようともしない。
少々減速が遅れても、フランス語で「スピード、危ないよ」。
そしてまた、にっこり。
カダフィの国まであと数百キロなのに、
この穏やかさ。

突然道端にヒトコブラクダが数頭現れる。
無人の荒野の上に窓のない小さな箱のような小屋がポツンと立っている。
デ・キリコ的風景。
しかし、その扉もやはり水色。
徹底した美学。

アルジェリア国境。
岩山の陰の、時間が止まったような村。
はるか昔に捨てられ、砂に溶けてゆく村。
わずかな水の周囲にできたナツメヤシのオアシス。
遥か地平線に消えてゆくサハラを望む雄大な峠道。
サハラへのゲートウェイの街、トズールが近づく。

水があれば、草木が生え、オアシスができ、町ができる。
そこに5-4つ星ホテルが立ち並ぶ観光客用ゾーンと
立派な空港までつけてしまったのがトズール。
宮殿のような、でも眠ったような5つ星ホテルにチェックイン。
すべての壁に見事なモザイクタイル。
汗を流してから町を歩く。

夕暮れが来て、
空がまたあのマグレブ色に染まり始めると、
その空に高くそびえるミナレットを持つモスクからコーランが響き始める。
この頃になると、イスラム圏の常で、
町から女性の姿が極端に少なくなる。
男たちといえば、カフェに集い、
ただひたすら仲間と喋るか、
カードゲームかバックギャモンをするか、
ボーっと座っているか。
暇なのだろう。僕に向かって「アチョー」と叫ぶ若者数人。
この砂漠のオアシスにはさすがにナカータもタカハーラも届いてはいないらしい。

しばし旧市街の街角のカフェに座り、
男たちに交じってミントティーをすする。
激甘だが、この乾いた地に最も似合う飲み物。

砂漠にマグレブの夕陽が落ちる。
風が吹いてくる。

明日へつづく。

I fly, therefore I am.
岩井俊介

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