夢の仕事2
そのお方は、ひとりでやって来た。
愛車を自分で運転して、やって来た。ジーンズに、
白いシャツ。シンプルなファッションに、後光がさしている。
足が、スゲーーーー長い。
「高倉です」と、まるで少年のように、凛々しい挨拶を
先にされてしまう。緊張と、憧れと、ナンヤカンヤで、
金縛りにあったような私は、あわてて我にかえり、挨拶を
する(おそらくその瞬間の私は、口をアングリあけ、
ヨダレなんかも垂らしていたかも知れない)。
握手され、さらにアタマが、ボーッとしてしてしてしまう。
(と、いまでも文章が乱れる)
某飲料メーカーの缶コーヒーに「高倉 健」を起用しようと
企画し、OKがでて、かれこれ数ヵ月。やっと、ご本人に
会うことができ、初めて打ち合わせとなった。
テーブルに座った高倉 健は(いまでも、健さんなどと
気安く呼べない)、首を斜め30度、微動だにせず、
私の説明を聞き入っていた。この姿はどこかで見たことが
あるぞ?・・・そうだ!「高倉 健だ!」と思った。
あたりまえじゃないか!と思うでしょう。違うんですな。
本人と、映画のイメージは、えてして違うものなのです。
「何処にいても、高倉 健。何をしても、高倉 健。」
というキャッチが浮かんだ。
その企画は、缶コーヒーを飲みながら、
「健さんよオ、しっかりしろ!」とつぶやくという、恐ろしい
ものであった。それを、ご本人を前に!説明する!!!
というシーンを想像したまえ!!!!!
(このあたりは、つい力が入ってしまう)
説明し終えたとたん、ジロリと唐獅子牡丹の眼光で、
ニラミ返してきた。あわわ・・ヤバイ・・小便ちびるという
人生初体験に突入か?!息もつけないその瞬間、
「ケンさんよ、じゃあ、緒形だってケンだし、宇津井だって
ケンだ」と、ポツリと網走番外地の声で言う。
「あ、はい、そ、そーですね。え、ま、いやあ、そー言えば
確かに、えーー」シドロモドロ。やっぱ、やめとけば
よかった・・と、タラリタラリ、冷や汗が背中を流れていく。
「ここは、やはり・・」と、この時ばかりは首斜め30度を
まっすぐに起こして、おもむろに、
「高倉 健、しっかりしろ!とキッチリ言った方が
いいのではないでしょうか?」と、
ポッポやになって言う(あ、この時はまだ公開されて
いなかったっけ?ま、いいか・・)。
?・??・・???もひとつ????
となった私&スタッフは、おそるおそる
「そ、そこまで、おっしゃって、いただけるんですか?」と。
「は、はじめは、そ、そ、そういうコピーだったのですが、
そ、それは、ちょっと、無理か・・と」
さらにシドロモドロになって弁解してしまった。
高倉 健は、「それでいきましょう!ね!」と、
幸せの黄色いハンカチの笑顔で、身を乗り出して、
言ってくれたのでありました。
撮影は一発OK!であった。何度も何度も、ひとりで
リハーサルをしてきたという(別の人から聞いた)。
深夜、自宅で「たかくらけーーん!しっかりしろーーッ!」
と叫んでいたかと思うと、有難すぎて、恐れ多くて、
今でもアタマが下がるのであります。 つづく