ボツコピーライターのプロジェクトX vol.1
その人の名は、新井泰三さん(仮名)。
とある乳製品メーカーの宣伝部の人だ。
過去に広告代理店でADをされていたということで、
とてもクリエイティブに厳しく、なかなかオッケーを
だしてもらえず、男はいつも大変苦労していた。
だが、その人の大変なのは、チェックの目が厳しいところ
というよりはむしろ、絶対に代理店担当者に
心を開かないということだ。
NGをだすときは、いつも天井のシミを数えながら
「やり直し!」とのたまう。
下っ端のコピーライターである男の存在など、天井のシミよりも
さらに下位にランクされていたのだろう。
代理店生活で何か辛いことでもあったのか。
男は、新井さんの頑に人間らしさを見せたがらないところが
妙に気になりはじめた。あるとき、男は思いたった。
「そうだ。新井さんを笑わせてさしあげよう」
それからというもの、男は鉄仮面のような面持ちの新井さんを
笑わせるべく、日々、不真面目なコピーを書きつづけた。
結果は惨澹たるもの。コピーの屍の上に累々とコピーの屍。
男は日露戦争の203高地を攻める乃木将軍であった。
ところが、敵もやはり生身の人間。
新井さんはミスを犯された。
なんと、男の3万4千568本目のコピー、
「ついにでました。鼻からミルク!」(仮)をみて
「プッ」と笑ったのだ。うっかり出てしまったオナラに
そうするように、すばやい咳払いのフォローで「むせた」
という演出をされたが、あれはどうみても笑ったのだ。
そしてこみあげる笑いという本能をこらえながら
こう感想を述べられた。
「つまんないよ、やり直し!」
新井さんは、心の内ではこう言いたかったのだと思う。
「僕はね、ほんとはこーゆーのやりたいんだよね」
その証拠にその「プッ」の一件以来、
「やり直し!」とのたまう時に、新井さんは、
なんと男の目をみてのたまうようになったのだ。
弱者の目をみて話す人に悪い人はいない。
コピーは、少し通りやすくなった。
男は、少しその得意先にいくのが好きになった。
「プッ」と笑わせたコピーはボツになった。
だけど、そんなボツコピーを書くよろこびが
コピーライターにはあってもいい、と男は思った。
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