リレーコラムについて

ボツコピーライターのプロジェクトX vol.3

山田尚武

その人の名は、モンチさん(仮名)。
あるジーンズの仕事でご一緒した。
モンチさんは、色白でぽっちゃり型のAD。
極度の人見知りのせいか、
社内で仕事の依頼があまりない。
会社の廊下の隅っこを、落とした10円玉をさがすように歩く。
モンチさんと話そうと思う人はあまりいない。
男も彼ことはよく知らない。
経理局への異動の噂をきいたことがあるくらいだ。

男がモンチさんと仕事をすることになったのは、
ジーンズのプレゼン。
会議室にワーッと張られている男のコピーのパノラマを、
じっと見渡しているモンチさんを見かけたときだった。
男の視線を感じると、モンチさんは逃げ出すように
会議室から出ていった。

CDにその話をすると。「モンチに絵を考えさせてみるか。ダメモトで」
一週間後に、モンチさんは男のコピーに一案だけ絵をつけて現れた。
それは、いわゆるADのサムネイルというより、
「絵」なのだった。水彩画の素朴な写生画。
自分の描きたかったタッチで思うままに描いた、という感じの。
何人ものADが持ち寄ったトリッキーな広告アイデアの洪水の中で、
モンチさんの「絵」は異彩を放っていた。ファインアートだった。
男のコピー「感動のはきごこちジ〜ンズ」(仮)もちょっと幸せそうにみえた。

「おい、モンチ。けっこーいいじゃん!」CDが言った。
 モンチさんが笑うのを、男ははじめてみた。男も笑った。
それからモンチさんは、廊下で10円玉をさがすかわりに、
男とフレンドリーな挨拶を交わすようになった。

男は、モンチさんとの関係を深める。
二人きりで呑みにいき、モンチさんの広告論をきく。
ごきげんなモンチさんは、男を自宅に招待し、
写真集やADC年間で埋もれた部屋に泊め、
美大の卒制の作品をいろいろと説明する。
モンチさんの広告論は朝まで続いた。

「モンチ、明るくなったなぁ」社内で言われるようになった。
モンチさんに少しずつ、仕事の依頼がふえた。

残念ながら、モンチさんと男との間の「子供」は
ボツになってしまった。
だけど、そんなボツ企画を誰かとつくるよろこびが
 コピーライターにはあってもいい、と男は思った。

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