ボクコピーライター?のプロジェクトX vol.6
平石洋介
H(本名)は、
地球最大の広告代理店である電痛に7年も勤めていながら、
TCCなるものは聞いた事もなかった。
カンヌ、は何となく知っていたが、
映画祭のついでにCMとかやってるんだろうな、ぐらいに思っていた。
社内のクリエーティブ局の人間とは仕事で接していたが、
それは彼の業務の2割にも満たない比重であり、
だからそんなことを話した事もなかったのだ。
Hの属する営業局に比べれば、
クリエーティブ局の人たちは確かに“クリエーティブ”でピュアだったが、
その独善的な閉鎖性にヘキエキしていたのも、正直なところだった。
そんなH、30にして勃起した。
そのクリエーティブ局への異動を企てたのだ。
変節の理由は、また頁を改めて。というか、もし要望があれば。
とにかく、“クリエーター選抜試験”などという
高慢なネーミングにむかつきながらも、
だったらCRの奴ら全員受けろよ、コレ、と心中で毒づきながらも、
Hは課題の作文を書き、願書をそろえ、
早くも神社で合格祈願をした。
しかし、思わぬ関門。
受験の承認、つまり当時の営業局長のハンコがもらえない事態に。
30歳、働き盛りの兵士の流失を阻止するのが、組織の長の役割である。
「なんでもこの試験、5〜60人も受けて、受かるのは1〜2人らしいですぜ、局長。
まあ、まず受からないでしょうから、研鑽を積むという事で、1つ、ハンコを。」
Hは、マーケでの1年で会得した鋭いデータ分析力と
営業7年で培った巧みなトークを駆使し、見事難関を突破したのだった。
そこまでしたら、もう、落ちるわけにはいかない。
筆記試験の当日、Hは精神的に退路を断ち、
ラジオCMをつくれ、キャッチコピーを書け、CMのコンテを書け、等々、
すべてが生まれて初めての設問に、
いちいち途方に暮れながらも必死に取り組んだ。
久しく起動していなかった創造的頭脳をいきなりフル回転させたので、
最後の科目が終わった頃には微妙に発熱していたほどである。
その日、携帯の留守電には15件のメッセージ。
働き盛りの営業はそんなものだ。
15回の熱い呼びかけを無視した甲斐があり、筆記を通過、
さらに、2回の面接(相手は広告CR界の重鎮ズだったらしい)を経て、
ある日、ハンコを渋った営業局長から
「おいH、嫌な知らせだよ。」と合格通知を手渡された。
本物のプロジェクトXなら、
「その時のお気持ち…、どうでした?」と
膳場貴子アナウンサーが優しく問いかけてくれる場面。
Hは声を詰まらせて答えるはずだ。
「いや、もう、やったぞ、って、それだけです・・・(涙目)」
Hは、その後の事を良く覚えていない。
どれくらいの時が経っただろう。
気がつくと、いつものようにデスクでパソコンを見つめていた。
だが、いつもはひっきりなしに鳴っている電話が怖いくらいに静かだ。
電話だけではない。
周りの人間も、誰1人Hに話しかけない。
1人だけスーツにネクタイ姿のHを警戒しているのだろうか。
シャンプーのいい香りがした。
総務課の人形のようにかわいい女子、平野綾子(仮名)さんが、
「Hさん、新しい名刺です〜」と、小さな箱をHに手渡した。
自らの存在の耐えられない違和感を持て余していたHは、
ちょっと心が和み、箱を開け、名刺を取り出して、見た。
電痛 第1クリエーティブディレクション局
コピーライター
平石洋介
「いや、だから、コピーなんて書いたことねーっつーの。」
名刺にこっそりとツッコミを入れた、ニヒルな30男のHだった。
終
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