はじめてのサイン
はじめてサインをした訳ではなく、
はじめてサインをねだりました。
そう、タナカカツキさんの展覧会の
オープニングパーティーに、
先輩が誘ってくれたのは、パーティー終了30分前。
まだ会社にいて、仕事も山積みで、
ちゅうちょしている私に、
「忙しすぎて、大事なことを
忘れていやしないかい」
という先輩の一言が勇気をくれました。
あわてて先輩の手をとって、
ふたりで電車にとびのり、
会場にかけつけたのです。
私はオッス!トン子ちゃんの大ファンで、
「アッスはかわいそうな被害者にはならないダスよ!」
に代表される数々の名台詞に、
何度勇気づけられたかわかりません。
しかし、会場についてから
大きな落とし穴が待っていました。
顔を知らない。
これでは、サインもねだれません。
それらしき人を探すものの、
(原色系の派手な服を着た人を想定)
あれは有名なアートディレクターさん、
あれは有名な現代作家の人、
などと、先輩の意外な博識ぶりに助けられつつ、
なかなかカツキさんが見つかりません。
あきらめかけて
Tシャツでも買って帰ろうとしたときに、
売り場の本の中に著者近影を発見し、
やっと本人を認識。
サインをねだることができました。
サインって、もらってどうするんだろう、
とつねづね思っていましたが、
あれは好きな人に話しかける
きっかけがほしいだけで、
人生の一瞬でもいいから
憧れの人と時間を共有したい、
という切なる人間の願いなのだと
その時はじめてわかりました。
実際のタナカカツキさんは、
シックなスーツをスマートに着こなした理知的な方で、
サインにも気さくに応じてくれて、
「絵が入っていたほうが高く売れますから」
と、トン子ちゃんの絵まで書いてくれたのです。
しかし、最後にさらに大きな落とし穴。
会社からトン子ちゃんの本と一緒に
にぎりしめてきたペンが
じつは水性だったのです。
コーティングされたページが、はじくペン先。
「これ、消えちゃいますね。はは」
いいんです、いいんです・・
あなたとコトバを交わすことができた、
すてきな思い出は残りますから・・・。
あああ、でもせっかく書いてもらったのに、
ごめんなさい・・。
そのあと結局、
サインページを
ぐいっと開いたまま両手で持って、
会社まで帰りました。
不審者。
そんな私からのバトンを
受け取ってくれる優しい人は、
同期の小山かなちゃんです。
かなちゃんは、
音楽とビールと柄物の服が好きな、
とても素敵な女の子。
今すぐにでも風とロックに転職できそうな
自由な雰囲気を、常々うらやましく思っています。